1970年のガスクロマトグラフ質量分析計の発売開始とともに、質量分析技術業界に参入した(株)島津製作所。今年で50年目を迎え、名実ともに質量分析技術の世界的リーディングカンパニーだ。145年前に教育用理化学器械の製造業を立ち上げた老舗は、「『人と地球の健康』への願いを実現する」を企業理念にそのモノづくりの知見を活かし、いま細胞培養の分野でも様々なソリューションを展開している。

今回は、これまで島津製作所がリリースしてきた分析計測機器とは毛色の異なる 細胞コロニーピッキング装置「CELL PICKER」 について、担当の江連さんにお話を伺った。

島津製作所 細胞事業開発室のメンバー
島津製作所 細胞事業開発室のメンバー(後列中央が江連さん)

── これまで島津製作所がリリースしてきた分析計測機器からすると、細胞ピッキング用の装置はまったく別分野のものという印象があるのですが、なぜこの細胞コロニーピッキング装置「CELL PICKER」を開発されたのでしょうか。

島津製作所で細胞事業を始めるにあたり、弊社の経営幹部がiPSポータル社のiPS細胞培養実習を受講しました。その際、iPS細胞樹立の工程で実施する顕微鏡下でのiPS細胞のピッキング操作が非常に難しく、細胞培養者は毎日こんな作業をやっているのか?と疑問を持ったことがきっかけです。

実際に、細胞培養者に聞いてみると、経験を積めば出来るようになる作業で、熟練培養者としてのひとつのステータスであるといった印象を受けました。さらにヒアリングを重ねていくと、うまく出来るようにはなるが数をこなすのはしんどい、ピッキング前後の作業を含めて非常に煩雑な作業である、教育コストを考えてもあまり生産的ではない等のコメントが出てきたのです。現場の方々は何とかできないかと思っておられると感じました。

── 細胞ピッキングは手間がかかる上に、熟練の技術が必要な作業なのですね。しかしiPS細胞やゲノム編集の分野が拡大している今では必須の工程で、かなりのボリュームで求められるようになっています。人材不足などによって研究が遅れるリスクが出てくるのではないでしょうか。

そうです。そこで、培養者の経験や勘に頼らない培養操作の実現に向けて、装置を開発することになりました。ピッキング作業自体は液体ハンドリングですから、弊社が得意とするところです。主幹製品である液体クロマトグラフ(LC)の技術が流用可能ではないかと、前述の経営幹部からもコメントがあり、LCのサンプル注入(液体の吸引、吐出)を自動で行う、オートサンプラーという装置のユニットを流用することにしました。

── 歴史ある島津製作所のクロマトグラフ技術を活かすことができたわけですね。

はい。2018年3月に不要細胞の除去を目的として、初代CELL PICKERをリリースしました。当時は、iPS細胞の未分化維持培養において分化してしまった細胞が比較的頻度高く出現し、培養者の方々が除去に苦労されていたので、そのニーズに応えるための装置でした。ところが実際に初代CELL PICKERを世に出すと、取り除くだけでなく、取り分けたいという要望の方が圧倒的に多く、かつiPS細胞以外にもゲノム編集後のクローニング作業でも同様のニーズが多く存在していることがわかりました。そこで取り分ける、つまりピッキングする装置として現在のCELL PICKERの開発を始めたのです。

── 現場のニーズもかなりのスピードで変化していますし、役立つ装置があるともっと便利に・・・という声が上がるようになりますね。CELL PICKERを不要細胞除去装置から細胞ピッキング装置へと開発を進める中で、どんなご苦労があったのでしょうか。

初代CELL PICKERで装置自体は出来上がっていたわけですが、ピッキングしようとすると細胞が培養容器の底面にくっついていて、なかなか狙い通りに吸い取ることができませんでした。iPS細胞のコロニーもお互いに接着していますから、狙った細胞を接着している他の細胞からそっと剥がしてから吸い取らなければなりません。単純に剥がすだけでは、取り分けることができないのです。こういった接着細胞をどのように剥がして、狙い通りに吸い取るのかということが課題になりました。

そこで細胞培養者がどのようにピッキングしているのか、装置で再現できていない部分が何なのかを調べるために、徹底的に熟練培養者の手の動きを観察しました。すると、熟練培養者の作業は単純にピペットのチップの先で引っ掻いて細胞を吸い取っているのではなく、チップの先で細胞をつつくようにして容器の底面から剥がして持ち上げる、もんじゃ焼きのコテような、とても微妙で繊細な動きをしていることに気が付きました。

CELL PICKERが多軸のアームを使っていればそのような動きを再現できるのではないか・・・とも考えましたが、CELL PICKERは現在の培養プロトコルの中に取り込まれ、日常的に使われるシンプルな装置を目指していますので、大掛かりで高価な装置となってはコンセプトと合わなくなります。ですので現在の装置でどうやってその動きを取り入れるか、いろいろな試行錯誤をしました。最終的には熟練培養者の手の動きを再現することができ、接着細胞のピッキングに成功しました。これによって2代目CELL PICKERではiPS細胞のコロニーピッキングが出来るようになったのです。

細胞コロニーピッキング装置「CELL PICKER」/ソフトウェア画面

── 実際にリリースして、エンドユーザーの反応はどうでしょうか。

やはりピッキング作業は、熟練といわれる方々にとってもストレスのかかる作業であったようで、大変好評です。ピッキング作業の前後に自動で顕微鏡画像を記録する機能や、接眼レンズを覗くことなくタブレット上の画像を見ながら作業が出来るという機能を追加したことも、喜んでいただいております。あるデモ先では、明日にでもすぐに装置を持ってきてくれと仰って頂きました。作業工程全体が省力化されたと感じて頂いているようです。

ピッキング前後での自動撮影
ピッキング前後での自動撮影
(中央のコロニーをピッキングしました)

── 画像記録の部分でも作業に当たる方々の負担が軽減され、省力化・効率化が実現されたということですね。細胞培養に関わる多くの研究者に役立つものになり、研究・開発のスピードアップに必要な装置となると感じられます。

ゲノム編集細胞のクローニングやiPS細胞の樹立において、煩雑な作業を負担に感じられている方々だけでなく、それを当たり前と思って行われている方々にも是非一度、体感頂きたいですね。実機を持ち込んでの日帰りデモを行っていますので、是非お気軽にお問い合わせください。

── 今後、CELL PICKERの活躍がさらに期待される分野は何でしょうか。

やはりゲノム編集の分野ですね。ゲノム編集細胞のタイピングにおいて好評頂いている、弊社DNA/RNA分析用マイクロチップ電気泳動装置MultiNAと組み合わせることで、ゲノム編集作業を劇的に改善、効率化しますので、ゲノム編集向けのトータルソリューションとして展開していきたいと考えています。

細胞コロニー分離法によるゲノム編集のクローニング

── 機械によって省力化・効率化されることはさまざまなシーンで増えてきていますが、やはり人間でなければできない部分もあるのではないかと思います。今後の3代目、4代目と続くであろうCELL PICKERは、どのように進化させていこうとお考えですか。

現行のCELL PICKERは、培養者の右手の操作を自動化しただけです。培養プレートを動かす左手、どのコロニーを取るかを見極める目等、まだまだ培養者が介入しなければならない作業が多く存在しています。これらを何に、どのように、どれだけ機械に置き換えていくのか、今後も様々なお客様の声を聴きながら少しずつ改良し、より良い顧客体験をもたらす培養支援装置へと展開していきたいと思います。

株式会社島津製作所

Shimadzu Corporation

約140年前の明治初期、日本が目指す科学立国への思いに共鳴した初代島津源蔵。理化学器械の国産化と普及を通じて社会に貢献したい、その思いこそが島津製作所の始まりでした。以来、時代の声に真摯に耳を傾け、科学技術で社会の発展を支えています。 「科学技術で社会に貢献する」という社是、「『人と地球の健康』への願いを実現する」という企業理念のもと、私たちは、永年の事業で培った技術、ノウハウを活用し、複雑化・多様化する社会の課題や要請に応える製品・サービスの提供と、グローバル社会との調和に努めます。

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