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概 要

 九州大学大学院医学研究院の大木研一教授、根東覚助教らの研究グループは、物体の輪郭を認識するのに重要な「方位選択性」が、マウスの脳でどのように構築されるのかを調べました。視覚情報は網膜から外側膝状体(※1)を経て大脳視覚野(※2)へと送られます。この経路において、外側膝状体から大脳視覚野に入力する情報には方位選択性がほとんどないことを発見しました。これは、マウスにおいてもヒトと同様に、方位選択性が大脳の神経回路で作られることを意味します。また、大脳視覚野の神経細胞が方位選択性を獲得するメカニズムの解明に貢献する結果です。

 本研究結果は 2015 年 12 月 21 日午後 4 時(英国時間)に「Nature Neuroscience」誌にオンライン発表されました。

■背 景

 私たちは物を見て、それが何であるかを認識することができます。この仕組みの全貌はまだ解明されていません。視覚情報はまず網膜によって捉えられ、外側膝状体を経て大脳視覚野へと伝えられます。視覚野や高次視覚野で情報が処理された結果、物体の形を認識できると考えられています。物体の形を認識するのに重要な情報として、「輪郭」があります。輪郭は様々な傾きを持つ線から構成されていて、例えば、長方形の物体の輪郭は縦向きと横向きの線から出来ています。視覚野の神経細胞には特定の傾きの線に反応するものが存在し、この性質は「方位選択性」と呼ばれています。方位選択性を持つ神経細胞が、線の傾きを検出して物体の輪郭の認識に重要な働きをしていると考えられています。ネコ、サル、ヒトなどの高等哺乳類を用いた研究では、方位選択性をもつ神経細胞は網膜や外側膝状体にはほとんど存在せず、大脳視覚野で初めて現れます。そのため、方位選択性は外側膝状体の情報を使って大脳の神経回路で作られると考えられています。近年、遺伝子改変が可能なマウスが実験動物として重要視されています。マウスは高等哺乳類と違って、外側膝状体の神経細胞の一部は既に方位選択性を持つことが報告され、これが視覚野の方位選択性にどのような影響を及ぼしているのかが問題となっていました。そこで研究グループは、マウスの外側膝状体から視覚野に入力する軸索(※3)を機能イメージングすることで、外側膝状体から大脳視覚野に入る情報に方位選択性があるかどうかを調べました。

■内 容

 外側膝状体から視覚野へ入力する軸索の活動を記録するために、外側膝状体の神経細胞に神経活動の上昇により明るさが変化するカルシウム感受性タンパク質(GCaMP6s)と呼ばれるセンサーを発現させました。カルシウム感受性タンパクの発現は、これをコードする遺伝子を組み込んだアデノ随伴ウィルスベクター(※4)を外側膝状体に注入することにより行います。

 外側膝状体は、情報を送る軸索という神経線維を視覚野へと伸ばします。神経細胞に発現したカルシウム感受性タンパクは、軸索にも運ばれるため軸索の活動、すなわち視覚野への入力情報をカルシウム感受性タンパクにより観察できます。カルシウム感受性タンパク質は、カルシウム濃度が上がると蛍光が強くなる物質です。この蛍光を 2 光子励起顕微鏡(※5)を用いて観察することで、軸索の活動を計測することができます(図 1)。

 外側膝状体から視覚野に入力する軸索の大部分は、脳の表面から深い場所に分布しています。ところが、2 光子励起顕微鏡で脳の深部を観察すると画像が不鮮明となり、イメージングの分解能が低下します。軸索は非常に細い小さな構造(1/1000 mm 程度)のため、分解能の低下によりイメージングが困難になります。この問題を解決するため、研究グループは顕微鏡を調整することにより高い分解能で深部に入力する軸索をイメージングすることに成功しました。その結果、外側膝状体から視覚野に入力している軸索は、あまり方位選択性を持たないことを発見しました(図 2)。従ってマウスの視覚野で、外側膝状体からの入力を直接受け取る神経細胞の方位選択性は、高等哺乳類と同様に、大脳の神経回路によって形成されていることが示唆されました。


図1

外側膝状体の神経細胞にアデノ随伴ウィルス(AAV)を用いてカルシウム感受性タンパク(GCaMP6s)を発現させた。外側膝状体から視覚野に入力する軸索を、視覚刺激を与えながら 2 光子カルシウムイメージングすることにより方位選択性を調べた。


図2

a) 方位選択性マップ。円形あるいは楕円形の構造(1~2μm 程度の大きさ、左下のスケールバーを参照)が、軸索の上でシナプスを形成している部分(ブトン)。視覚刺激を与えると、このブトンが反応する。蛍光の変化から方位選択性を解析し、各ブトンの方位選択性を色で表している。白いブトンは視覚刺激に反応しているが方位選択性を持たないことを意味する。大部分のブトンが白に近い色を呈しているので、方位選択性を持たないことが分かる。

b) 視覚刺激を与えたときの単一ブトンのカルシウムシグナルの変化。上に刺激の線の傾きを示す。特定の傾きだけに反応すれば、その向きに方位選択性があるといえるが、いずれの傾きにもほぼ等しく反応しているのが分かる。

■効 果

 マウスの視覚野には、高等哺乳類に見られる方位選択性コラム(※6)が存在せず、異なる方位選択性を持つ神経細胞が混ざり合って存在しています。今回の結果は、方位選択性について機能構築が異なる動物種の間でも、視覚野の神経細胞が方位選択性を獲得するメカニズムは共通していることを示唆しています。

この結果はさらに、視覚情報が大脳で処理される仕組みの解明や、より広く哺乳類に共通した大脳の神経回路による情報処理のメカニズムの理解にもつながることが期待されます。

■用語解説

(※1)外側膝状体

 感覚入力は視床という中継所を経由して大脳へ運ばれている。視床は感覚ごとに細分化されていて、網膜から送られてくる視覚情報を中継している場所を外側膝状体という。

(※2)視覚野

 大脳皮質の後頭葉にあり、視覚に直接関係する部分を視覚野と呼ぶ。複数の視覚野が存在するが、その中でも最初に視覚情報を受け取る領域を一次視覚野と呼ぶ。一般に 6 つの層に分類され、層ごとに機能分化している。一次視覚野が外側膝状体の神経細胞からの投射を受ける主要な層は表面よりやや深部にある第 4 層である。

(※3)軸索

 神経細胞の細胞体から伸びる細い突起で、次のニューロンにシナプスを作り、情報を伝えるための構造。外側膝状体と一次視覚野は脳の中で尐し離れているが、外側膝状体の神経細胞は軸索を一次視覚野へ伸ばし、その神経細胞にシナプス結合することで情報を送っている。この軸索をイメージングすることで、外側膝状体から一次視覚野へどのような情報が送られているかを調べることができる。

(※4)アデノ随伴ウィルスベクター

 非病原性で、動物個体への遺伝子導入に優れたウィルスベクター。アデノ随伴ウィルスを脳に注入すると、感染範囲をある程度コントロールすることができるので、外来性に任意の遺伝子を限局させて発現させることが可能である。

(※5)2 光子励起顕微鏡

 1 つの蛍光分子が 2 つの光子を同時に吸収し、励起状態となる非線形光学現象を利用しており、波長の長い光を利用するため深部のイメージングを可能とする。近年、神経科学への応用が活発になっており、生きたままの動物の脳内にある、個々の神経細胞の細胞体、樹状突起、軸索などを観察することなどに利用されている。

(※6)方位選択性コラム

 ヒト、サル、ネコなど、高等哺乳類の大脳皮質の一次視覚野には、方位選択性が同じ細胞が集まって存在する方位選択性コラムが存在することが知られている。このコラムの存在は、方位選択性などの感覚情報を処理するために重要であると考えられてきたが、げっ歯類の一次視覚野にはないことが示されている。

■本研究について

 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」(平成 27 年度より JST より移管)、「脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」(平成 27 年度より文科省より移管)、戦略的国際科学技術協力推進事業 日独研究交流「計算論的神経科学」(平成 27年度以降 JST より移管)、および文部科学省・科学研究費の支援を受けて行ったものです。