関連データ・研究者

研究成果のポイント

  • 前立腺がん細胞の増殖を制御する細胞内タンパク質である STAP-2 を同定した。
  • STAP-2 の発現は,前立腺がん細胞の増殖及び腫瘍形成に影響する。
  • STAP-2 は前立腺がん細胞で上皮成長因子受容体(EGFR)と相互作用し,その発現量を調節する。
  • STAP-2 と EGFR の相互作用の分子機構の解明から,前立腺がん治療の新薬開発が期待される。

 

研究成果の概要

 前立腺がんは 50 歳代から急速に増え始める高齢の男性にみられるがんで,加齢による男性ホルモンのバランスの崩れや,前立腺の慢性的炎症,食生活や生活習慣などの要因が加わって発生するといわれています。前立腺がんは,初期には自覚症状がないことがほとんどです。がんが膀胱や尿道を圧迫し,排尿に関する自覚症状が出た段階でがんが発見された場合には,かなり進行しており,多くはすでにがん細胞が骨やリンパ節に転移し,悪性化しています。

 今回,松田教授らの研究グループは前立腺がん細胞の増殖を制御する細胞内タンパク質であるSignal-transducing adaptor protein-2(STAP-2)を同定しました。STAP-2 は前立腺がん細胞表面のがん細胞増殖のスイッチの役割を果たす上皮成長因子受容体(EGFR)のタンパク質量を調節し,前立腺がん細胞の増殖を誘導します。STAP-2 タンパク質による EGFR タンパク質量の調節メカニズムを詳細に解明できれば,前立腺がん細胞増殖を制御する新しい抗がん剤開発に繋がると考えられます。

 本研究は,生物学分野で権威ある雑誌「The Journal of Biological Chemistry」で 2017 年 10 月6 日(金)にオンライン公開されました。

 

論文発表の概要

研究論文名:STAP-2 promotes prostate cancer growth by enhancing EGFR stabilization(STAP-2は EGFR 蛋白の安定性を増強し,前立腺がん細胞の増殖を誘導する)

著者:鍛代悠一 1,岩上昌史 1,齋藤浩大 1,硎 澄仁 1,諌山芹那 1,関根勇一 1,室本竜太 1,柏倉淳一 1,吉村昭彦 2,織谷健司 3,松田 正 1 (1北海道大学大学院薬学研究院,2慶應大学医学部,3国際医療福祉大学)

公表雑誌:The Journal of Biological Chemistry(生物学分野の国際誌)

公表日:米国東部時間 2017 年 10 月 6 日(金)(オンライン公開)

 

研究成果の概要

(背景)

 細胞の増殖や機能分化は,細胞間で情報を伝達する「信号分子」と呼ばれる分子の緻密な相互作用のもとに成り立っています。細胞の増殖や機能分化メカニズムの異常は,細胞のがん化につながります。また,転移など,がんの悪化にも信号分子の異常が深く関わっています。

 高齢男性に発症する前立腺がんは,がんの中では進行性が遅く,生存率・治癒率は高く,また回復の見通しも他のがんよりよいことが知られています。しかしながら,排尿に関する何らかの自覚症状が出た段階でがんが発見された場合には,かなり進行していることが多く,がん細胞が骨やリンパ節に転移が認められることもあります。特に欧米人に発生率の高いがんで,米国では男性の約 20%が生涯に前立腺がんと診断されます(罹患率 1 位)。しかし,我が国でも食生活の欧米化によって罹患率は急増しており,近い将来男性がん死亡者の上位となることが予想されています。

 前立腺がんの薬物療法でまず行われるのは,ホルモン(内分泌)療法です。ホルモン療法は,当初はほぼ全例に効果がありますが,数年経つと約半数は効果がみられなくなり,がん細胞が再び活発に増殖をはじめる再燃がみられることがあります(去勢抵抗性前立腺がんと呼ばれます)。

 ホルモン療法で再燃がみられた場合や,ホルモン療法の効果が芳しくない場合は,抗がん剤を使った化学療法を行います。前立腺がんは上皮がんであることから,その増殖にはがん細胞が増殖するためのスイッチのような役割を果たしているタンパク質である上皮成長因子受容体(EGFR)が関与していることが知られています。EGFR はがん細胞の表面に多く存在しており,この EGFR を構成する遺伝子の一部(チロシンキナーゼ部位)に変異があると,がん細胞を増殖させるスイッチが常にオンとなっているような状態となり,がん細胞が限りなく増殖してしまいます。EGFR は,細胞膜を貫通する状態で存在しています。細胞表面の EGFR に細胞に増殖を誘導する情報伝達物質 EGF などが結合すると,活性化した EGFR は細胞内に向けて増殖命令の信号を送ります。これが細胞の中にある核に伝えられ,がん細胞は増殖します。抗がん剤ゲフィチニブは,細胞内で EGFR に結合することでこの信号伝達を阻止し,がんの増殖を抑える分子標的治療薬の一種です。

 松田教授らの研究グループは,信号調節分子の一つである STAP-2 の働きについて研究してきましたが,本研究では STAP-2 タンパク質が前立腺がん細胞の細胞増殖や生体内腫瘍形成,EGFR の信号伝達においてどのように働くかを検討しました。

(実験手法)

 ヒトがん細胞において STAP-2 遺伝子発現を検討したところ,正常組織に比べてヒト乳がん細胞やヒト前立腺がん細胞において高い発現が認められました。そのため,ヒト前立腺がん細胞(DU145,LNCaP 細胞株)において shRNA 遺伝子ノックダウン※により,内因性 STAP-2 発現を低下させたヒト前立腺がん細胞を作成し,細胞増殖や生存能への STAP-2 の影響を解析しました。

 また,これらのヒト前立腺がん細胞が,免疫不全マウスにおける腫瘍形成にどのように影響するか検討しました。次いで,これらのヒト前立腺がん細胞の細胞増殖を誘導するタンパク質 EGF(上皮成長因子)を添加して,それに対する応答性や,STAP-2 タンパク質とその受容体タンパク質 EGFR との相互作用を検討しました。

(研究成果)

 ヒト前立腺がん細胞における STAP-2 の働きを証明するために, shRNA により内因性 STAP-2 発現を低下させたヒト前立腺がん細胞を用いて検討したところ,STAP-2 発現低下ヒト前立腺がん細胞では,STAP-2 発現低下していないヒト前立腺がん細胞に比べて有意に細胞増殖の低下が観察されました。さらにこれらのヒト前立腺がん細胞の免疫不全マウスにおける腫瘍形成を検討したところ, STAP-2 発現低下ヒト前立腺がん細胞では腫瘍形成が観察されませんでした。また,STAP-2 発現低下ヒト前立腺がん細胞では,細胞増殖を誘導するタンパク質 EGF に対する応答性の低下が観察されました。

 さらに非常に興味深いことに,EGF の働きを止める抗がん剤ゲフィチニブを添加すると,STAP-2 発現低下ヒト前立腺がん細胞での有意な細胞増殖の低下が観察されなくなり,STAP-2 作用点は EGF の働きと関係していることがわかりました。EGF は細胞表面にあるその受容体タンパク質 EGFR に結合することによって働き,細胞増殖を誘導することから,STAP−2 と EGFR の関係について検討したところ,STAP-2 は EGFR と物理的に結合することと,STAP-2 が結合することによって EGFR タンパク質の分解が抑えられて EGFR が安定化することがわかりました。すなわち,STAP-2 発現低下ヒト前立腺がん細胞では細胞表面の EGFR のタンパク量が減少するため,細胞増殖を誘導するタンパク質 EGF の働きがうまく伝わらず,細胞増殖の低下が観察されたことがわかりました(参考図)。

(今後への期待)

 以上の結果から,STAP-2 は前立腺がん患者のための新しい抗がん剤開発の重要な標的であり,また,STAP-2 や EGFR を標的とした分子標的治療薬は,既存の抗がん薬との併用により前立腺がん治療の有力な武器になりえると考えられます。

 

【用語解説】

※ ノックダウン:特定の遺伝子の発現だけを抑制する操作のこと。遺伝子そのものを破壊する遺伝子ノックアウトとは異なり,遺伝子の発現量を大きく減弱させ,それに伴い当該タンパク質の発現も低下するが,完全には失わせない。本研究では,shRNA と呼ばれる RNA を用いて遺伝子をノックダウンしている。

 

【参考図】