関連データ・研究者

 【本件のポイント】

  • 副作用が生じやすいリスク要因を発見
  • 副作用によって生じる細胞死を打ち消すことに成功
  • 研究をまとめた論文が米科学誌「PLOS ONE」に掲載


学校法人関西医科大学(大阪府枚方市 理事長・山下敏夫、学長・友田幸一)附属生命医学研究所(所長・木梨達雄)侵襲反応制御部門の大学院生角千里、廣田喜一学長特命教授らの研究チームは、麻酔および集中治療領域で広く用いられている全身麻酔・鎮静用剤プロポフォール(「ディプリバン®」「プロポフォール®」など)を投与した際稀に生じる副作用、プロポフォール注入症候群・PRopofol Infusion Syndrome(以下「PRIS」)の、発症メカニズムの基盤として細胞傷害が起こる分子機序(分子レベルでのメカニズム)を解明しました。と同時に、この細胞傷害が発生しやすい条件を特定し、発症を防止する手段を発見しました。


プロポフォールは、2009 年に起きた歌手マイケル・ジャクソン氏の死亡事故や、2014 年東京女子医科大学病院において発生した男児死亡事件がきっかけで広く社会的な注目を集めた全身麻酔・鎮静用剤です。“全身麻酔の導入および維持”“集中治療における人工呼吸中の鎮静”効果が認められていることから診療現場で広く使用されていますが、稀に致死的な副作用 PRIS を伴います。しかし、その発生条件には不明点が多く、細胞のミトコンドリア機能異常との関連が指摘されてはいたものの、発症機序解明が待たれていました。


今回、廣田学長特命教授らの研究チームはミトコンドリアDNAに異常を持つ数種のcybrids細胞※や、ミトコンドリア機能※を抑制する薬剤を用いることで、プロポフォールが用量・時間に応じて細胞に悪影響をもたらすことを証明し、そのメカニズムを解明。さらに、ビグアナイド系糖尿病薬※を併用するとより低濃度のプロポフォールでも細胞死が起こること、及びミトコンドリア DNA に部分変異を持つ細胞は、よりプロポフォールに対して脆弱であることを発見しました。また、N-アセチルシステイン※を用いて、PRIS で生じる細胞死を抑制することにも成功しています。


なお、研究結果をまとめた論文が米国科学誌「PLOS ONE」に、2 月 15 日(木)午後 2 時付(※日本時間翌 16 日午前 4 時)で掲載されました。また、本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費、関西医科大学 KMU コンソーシアム・学内助成、加多乃会(本学関係者による組織)の支援を受けて行われました。


<研究チーム>

関西医科大学 麻酔科学講座・附属生命医学研究所 侵襲反応制御部門

大学院生:角千里

大学院生:楠 宗矩

大学院生:正司 智洋

大学院生:右馬 猛生


関西医科大学 附属生命医学研究所 侵襲反応制御部門

医学部学生 : 田中宏昌

講 師:松尾 禎之

研究員:岡本 明久

研究員:西 憲一郎

学長特命教授:廣田 喜一


田附興風会医学研究所北野病院

副院長:足立 健彦


島根大学医学部 腫瘍生物学

准教授:竹永 啓三


筑波大学 生命環境系

教授:林 純一


掲載概要

掲載誌

PLOS ONE. 10.1371/journal.pone.0192796

論文タイトル

Propofol induces a metabolic switch to glycolysis and cell death in a mitochondrial electoron transport chain-dependent manner

筆 者

Chisato Sumi, Akihisa Okamoto, Hiromasa Tanaka, Kenichiro Nishi, Munenori Kusunoki,Tomohiro Shoji, Takeo Uba, Yoshiyuki Matsuo, Takehiko Adachi, Jun-Ichi Hayashi, Keizo Takenaga and Kiichi Hirota


<本研究で判明した PRIS の発症機序>

今回の研究では神経芽細胞腫由来 SH-SY5Y 細胞※にプロポフォールを投与すると、時間と投与量に依存する形でミトコンドリア呼吸鎖複合体(complexⅠ・Ⅱ・Ⅲ)※を抑制することを発見しました。また、その結果ミトコンドリアが好気性から嫌気性代謝へと変化すること、また活性酸素種(以下「ROS」)を産生すること、及び ROS が細胞の死を引き起こすことが分かりました。これは、プロポフォールがミトコンドリアの電子伝達を撹乱し、活性酸素を細胞で発生させることが毒性に必須な過程であることを示しています。こうした細胞の死が、神経系・代謝系・筋系など様々な身体機能を害し、最終的に多臓器不全を起こす PRIS の原因と考えられます。


<PRISの発生リスクを高める薬剤、条件>

本研究では、ミトコンドリアの電子伝達系に影響を与えるビグアナイド系の糖尿病治療薬や、ミトコンドリア DNA 異常を細胞に導入した cybrids 細胞※を用いて実験を行いました。その結果、ビグアナイド系糖尿病治療薬の投与下ではより低濃度のプロポフォールでも PRIS を説明する細胞傷害が生じること、ミトコンドリア DNA に部分変異を持つ細胞は、よりプロポフォールに対して脆弱であることが分かりました。


<悪影響の打ち消し>

プロポフォールによる副作用 PRIS は、ミトコンドリアの嫌気性代謝へのシフトとそれにより生じる活性酸素がもたらす細胞の死が原因であることが分かったため、研究チームは活性酸素種に着目。N-アセチルシステインを投与することで活性酸素種を消去し、細胞死を抑制することに成功しました。この研究結果は、臨床現場において PRIS の発生が疑われた段階で活性酸素の除去に成功すれば、症状の重篤化・進行を食い止められる可能性を示唆しています。


<本研究の背景、意義>

これまで、世界的に著名な歌手・マイケル・ジャクソン氏が常用した結果死亡したり、2 歳男児に術後管理目的で大量に投与された結果死亡したりと、度々プロポフォールの危険性が注目を浴びました。その一方で、プロポフォールは手術麻酔や集中治療の現場で幅広く使用され、多くの命を救っていることも事実です。研究チームは、副作用さえなければ様々な医療従事者、患者さんに役立つプロポフォールが、副作用の発生条件が分かっていないことで不安感・忌避感を持たれてしまうことは社会的なデメリットであると考え、本研究に取り組みました。また、本研究の意義は、培養細胞を用いた分子レベルでの PRIS 発生機序解明を進め、PRIS が多くの患者さんでは発症しないのになぜ特定の条件下で特定の患者さんにだけ発症するのか、という疑問に対する一定の答えを見出したことにあります。


用語解説

「ミトコンドリアの機能」

ミトコンドリアとは真核生物(細胞核と呼ばれる遺伝情報の保存と伝達を行う組織を持った生物)の細胞小器官(細胞の内部で特に分化した形態や機能を持つ構造の総称)で、糸粒体(しりゅうたい)とも呼ばれています。二重の膜からできており、独自の DNA(ミトコンドリア DNA=mtDNA)を持ち、分裂・増殖します。また、酸素呼吸により炭水化物を酸化させ、エネルギーと二酸化炭素、水を生み出しています。

「cybrids 細胞」

cybrids 細胞(サイブリッド「transmitochondrial cybrids」細胞)とは、ミトコンドリア DNA を持たない細胞(ローゼロ細胞)と、核を持たない細胞(血小板)を融合させて作成したハイブリッド細胞のこと。同一の染色体を持ちながら、ミトコンドリア DNA のみが異なる細胞をつくり出すことにより、ミトコンドリア DNAが細胞機能に与える影響を調べることが可能です(出典「実験医学 2012 年 6 月号 Vol.30 No.9」)。

「ビグアナイド系糖尿病薬」

主として肝臓に作用することで糖新生を抑制することができ、末梢組織でインスリン感受性を改善したり、腸管からの糖吸収を抑制して血糖値を下げたりできる、糖尿病治療薬のこと。食欲を抑える効果があるため、肥満を伴う 2 型糖尿病患者さんの第一選択薬として用いられることもあります。半減期が 1 時間半〜約 3 時間と短いため使いやすく、脂質代謝を改善し、大血管障害や最小血管障害にも効果があるとされています。単独で投与した場合低血糖がほとんど生じず、肥満も併発しないため肥満者にも使いやすい薬剤です。注意を払うべき副作用としては、乳酸アシドーシスが指摘されています。

「N-アセチルシステイン」

グルタチオン(アミノ酸がつながった生体内の抗酸化物質のひとつ)の前駆体で、去痰薬として慢性閉塞性肺疾患(COPD)など多量に粘液が分泌される病気の治療や、パラセタモール(アセトアミノフェン)を過剰摂取した際の解毒に使用されています。世界保健機関が策定した必須医薬品のひとつで、開発途上国でも最小限必要な医薬品とされています。

「神経芽細胞腫由来 SH-SY5Y 細胞」

神経芽細胞腫とは通常、腹根神経節や神経系の神経節、副腎の組織に由来する神経系のがんです。胸、あるいは脊髄の周辺に固形腫瘍として現れることもあります。そうした神経芽細胞腫から樹立した細胞株の一つが、SH-SY5Y 細胞です。

「ミトコンドリア呼吸鎖複合体(complexⅠ・Ⅱ・Ⅲ)」

Complex Ⅰ(NADH オキシダーゼ/Co-enzyme Q レダクターゼ)は、NADH※の酸化を通してユビキノン※を還元し、ユビキノール(酸素からエネルギーを産生するためのカギとなる電子伝達体)を産生させ、酸素の還元を触媒する現象。Complex Ⅰの働きはパーキンソン病やダウン症候群、リー症候群に関与しているため、ミトコンドリアの毒性評価は神経学的異常の指標として有用と考えられています。Complex Ⅱ(コハク酸/Co-enzyme Q レダクターゼ)は、コハク酸からフマル酸への酸化と同時に、ユビキノン※の還元によるユビキノールを産生し、酸素の還元を触媒する現象です。Complex Ⅱが働かないと、腫瘍形成にも関与すると言われています。Complex Ⅲ(CoQ シトクロム c オキシドレダクターゼ)は、ミトコンドリアの酸化的リン酸化に関わる主要タンパク質です。ミトコンドリアの呼吸を調節する活性酸素の供給源として働きます。 ※NADH、ユビキノン…いずれも生体内で電子伝達反応を担う化合物

「好気性代謝・嫌気性代謝」

好気性代謝とは、酸素を使って炭水化物(糖)からエネルギーを得る化学的過程のこと。「aerobic respiration(好気性呼吸)」、「oxidative metabolism(酸化的代謝)」、「cell respiration(細胞呼吸)」とも呼ばれています(出典「PDQ®がん用語辞書」)。一方、酸素を用いずに糖からエネルギーを得る過程のことを嫌気性代謝といい、酸素がなくても素早くエネルギーを生み出すことが可能です。しかし、好気性代謝と比較して効率の面で劣っています。