関連データ・研究者

関連研究者

京都大学 工学(系)研究科(研究院) 助教 - 2018年度
推定分野

関連研究者

京都大学 理学研究科 特別研究員(DC2) - 2016年度
推定分野

リン酸化反応は、生体内において代謝・遺伝子の発現制御・環境変化への応答といった多くの重要な場面に関わっています。また産業的には、抗菌薬や化粧品を使いやすくするためにも用いられています。生体内においてリン酸化反応を行うのは、リン酸化酵素と呼ばれるタンパク質です。この酵素はほとんどの場合、ATP と呼ばれる複雑な構造をした高価な化合物をリン酸基の供給源として利用します。一方で、ピロリン酸という単純な構造を持つ安価な化合物をリン酸基の供給源とする酵素もわずかに存在しています。しかし、これらの酵素がどのようにピロリン酸を選択的に利用するのかは分かっていませんでした。京都大学大学院理学研究科三木邦夫 教授(研究当時、現・名誉教授)、藤橋雅宏 同助教、永田隆平 同博士課程学生(研究当時、現・東京大学生物生産工学研究センター特任研究員)らの研究グループは、大学院工学研究科 跡見晴幸 教授、佐藤喬章 同助教らと共同で、ピロリン酸を利用する新規リン酸化酵素を発見し、その酵素が ATP でなくピロリン酸を選択的に利用する仕組みを X 線結晶構造解析により明らかにしました。さらに、ピロリン酸の選択的な利用に関わるアミノ酸残基を目印にすることで、遺伝子データベース上に存在する膨大な機能未知遺伝子の中から、ピロリン酸を利用するリン酸化酵素の遺伝子を新たに見つけ出すことに成功しました。本研究の知見は、高価な ATP を利用するリン酸化酵素を安価なピロリン酸を利用する酵素に改変する研究への足がかりとなり、酵素とピロリン酸をつかった環境にやさしく安価なリン酸化物生産法の産業利用を可能にすると期待できます。

本研究成果は、2018 年 5 月 2 日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

 

図 1. 新規リン酸化酵素の基質選択性のイメージ図

新規リン酸化酵素は、ATP よりもピロリン酸の利用に適した結合ポケットを持っており、それはさながら鍵と鍵穴の関係のようです。


1.背景

生体内においては、様々な物質のリン酸化反応が起こっています。これらリン酸化反応は、生存に必要なエネルギーの獲得、遺伝子の発現制御、外部環境変化への応答、細胞内での物質生産など、多数の重要な場面に関わっています。一方、産業的にもリン酸化反応は重要で、化粧品や抗菌薬の有効成分の安定性を高めたり、水に溶かして扱いやすくしたりするためなどにも活用されています。リン酸化酵素は、生体内での様々な物質のリン酸化を担う働きをしています。リン酸化を受ける物質は糖のような小さな分子からタンパク質のような大きな分子まで多様な化合物が知られていますが、生体内においてリン酸の供給源となるのはほとんどの場合に ATP(アデノシン三リン酸)という化合物です(図 2 左)。ATP は生体内のエネルギー通貨として使われている化合物ですが、複雑な構造のために合成が難しく、高価な物質です。一方、ATP ではない別の化合物をリン酸の供給源とする酵素もいくつか知られています。本研究ではピロリン酸(図 2 右)と呼ばれるリン酸基が 2個つながっただけの単純な化合物をリン酸基の供給源とする酵素に注目しました。ピロリン酸は ATP の 1000分の 1 以下の価格で手に入ります。また、一般に酵素を用いた物質生産は、重金属や有機溶媒を使った従来の化学合成法と比較して、環境にやさしいと考えられています。このような背景から、ピロリン酸を利用する酵素のはたらく仕組みを明らかにすることは、有用なリン酸化物を低価格・低環境負荷で生産する方法の開発につながると期待できます。


2.研究手法・成果

ピロリン酸を利用する新規リン酸化酵素は、ATP を利用してイノシトールをリン酸化する酵素(図 3)と非常に似た立体構造を持つ酵素として見つかりました。しかしこの新規酵素は、ATP をリン酸基の供給源としたイノシトールのリン酸化反応を行わないことが先行研究により報告されていました。そこで、ATP 以外のいくつかのリン酸基供給源について調べたところ、ピロリン酸をリン酸基の供給源としたときのみ、本酵素がイノシトールをリン酸化することが明らかとなりました。この新規酵素はピロリン酸を選択的に利用するにも関わらず、その立体構造は ATP を利用する酵素と非常によく似ていることから、わずかな違いがリン酸基の供給源の選択性を制御していると考えました。

本酵素がピロリン酸を認識する仕組みを明らかにするために、X 線結晶構造解析の手法を用いて、本酵素にピロリン酸を模した化合物が結合した複合体の立体構造を決定しました。この立体構造からピロリン酸の認識に関わるアミノ酸残基が判明しました(図 3)。特に、5 つのアミノ酸残基(Lys171、Phe221、Arg229、Arg232、Met266)は ATP を利用する酵素にはない特徴的な残基であることが、ATP を利用する酵素との構造比較により明らかになりました(図 3)。これらのアミノ酸残基は、ピロリン酸を選択的に認識するカギとなる残基だと考え、ピロリン酸を利用してイノシトール以外の化合物をリン酸化する酵素を見つける際の指標になると予想しました。

この予想をもとに、生物の遺伝子情報が蓄積されているデータベースから、ピロリン酸を利用する未発見のリン酸化酵素を探索しました。このデータベースには、非常に多くの生物由来の遺伝子情報が登録されていますが、機能が不明な遺伝子の情報も多数含まれています。このデータベースから、今回見いだしたピロリン酸を利用してイノシトールをリン酸化する酵素と似たアミノ酸配列の情報を持つ遺伝子を検索し、そのうちピロリン酸認識のカギとなる 5 つのアミノ酸残基をもつものを抽出しました。その結果、約 50 個の機能不明遺伝子が、ピロリン酸を利用する酵素の候補遺伝子として見つかりました。これらの候補遺伝子によってつくられる酵素について、実際にピロリン酸を利用できるかを確かめたところ、そのうちのいくつかがピロリン酸をリン酸基の供給源として選択的に利用することが確かめられました。


3.波及効果、今後の予定

今回の研究で明らかにしたピロリン酸を選択的に認識するカギとなるアミノ酸残基を導入することで、これまでに多数知られている ATP を利用するリン酸化酵素について、ピロリン酸を利用できるように改変することが可能になると期待出来ます。さらにこれにより、ATP の 1000 分の 1 の価格で手に入るピロリン酸をつかった、環境にやさしく低コストなリン酸化物生産法の開発へもつながると期待されます。


4.研究プロジェクトについて

本研究は、日本学術振興会特別研究員奨励費(16J08482)並びに新学術領域研究「生合成リデザイン」(17H05439)の支援を受けて行われました。


<用語解説>

ATP(アデノシン三リン酸):アデノシンに 3 つのリン酸基がつながった化合物で(図 2 左)、生体内ではエネルギーの伝達物質としてよく使われます。リン酸化酵素は、ATP の 3 つ連なったリン酸基のうち 1 つを別の化合物へと受け渡します。


<論文タイトルと著者>

タイトル:Identification of a pyrophosphate-dependent kinase and its donor selectivity determinants

著者:Ryuhei Nagata(永田隆平)1, Masahiro Fujihashi(藤橋雅宏)1, Takaaki Sato(佐藤喬章)2, Haruyuki Atomi(跡見晴幸)2, Kunio Miki(三木邦夫)1,

1, Department of Chemistry, Graduate School of Science, Kyoto University, Sakyo-ku, Kyoto 606-8502, Japan(京都大学大学院理学研究科化学専攻)

2, Department of Synthetic Chemistry and Biological Chemistry, Graduate School of Engineering,Kyoto University, Katsura, Nishikyo-ku, Kyoto 615-8510, Japan(京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻)

掲載誌:Nature Communications

Doi:10.1038/s41467-018-04201-z


<参考図表>


図 2. ATP(左)とピロリン酸(右)

生体内で広く利用されている ATP は構造が複雑で高価であるのに対し、ピロリン酸は単純な構造をしており安価である。


図3. ピロリン酸を利用する新規酵素(上)と ATP を利用する既知酵素(下)におけるリン酸基供給源の結合様式モデル

2 つの酵素は左のパネルに示す全体構造がよく似ている。しかし、リン酸基供給源の結合様式を比較すると、ピロリン酸を利用する酵素には、ATPを利用する既知酵素にはない特徴的な5つのアミノ酸残基(Lys171、Phe221、Arg229、Arg232、Met266)が存在していることが分かった。


研究者からのコメント

酵素の働く仕組みを解き明かし、応用したいと考えて研究を行っています。今回の研究成果は、生体内で普遍的に行われている酵素によるリン酸化反応についての知見です。この成果の利用により、安価な原材料をもとに、環境に優しい温和な条件での化学反応が実現できると期待されます。