関連データ・研究者

【研究成果のポイント】

  • 近年、日本において、クローン病と潰瘍性大腸炎に代表される炎症性腸疾患(IBD)の患者数は急激に増加している。自然免疫細胞であるマクロファージの活性異常が IBD の発症およびその病態に深く関与
  • 赤血球に含まれるヘモグロビンを構成する分子ヘムが腸管マクロファージにおいて転写因子 Spi-C の発現を誘導することを発見。Spi-C がマクロファージの異常な活性を抑制するメカニズムを発見
  • 腸管における自然免疫応答制御機構の一旦を解き明かした今回の発見で、現在根治的治療法が確立していない IBD の新規治療法開発へつながることが期待される


概要

香山尚子助教(IFReC 粘膜免疫学/医学系研究科兼任)、香山雅子助教(IFReC 免疫化学/微生物病研究所兼任)、竹田潔教授(IFReC/医学系研究科兼任)らのグループは、自然免疫細胞※1 の一種であるマクロファージにおいて、赤血球の中に含まれるヘモグロビンを構成する分子であるヘム※2 により誘導される転写因子※3Spi-C が、腸管炎症を惹起する炎症性サイトカイン※4 IL-6 や IL-1α の産生を抑制するメカニズムを突き止めました。本成果は、効果的な炎症性腸疾患(IBD) ※5 の新規治療法開発に大きく貢献することが期待されます。


本研究では、自然免疫細胞であるマクロファージ特異的に転写因子 Spi-C の遺伝子を欠損させた(コンディショナルノックアウト)マウス※6 を作成し、腸管マクロファージに発現する Spi-C が腸管炎症を制御するメカニズムを解析しました。


Spi-C コンディショナルノックアウトマウスに DSS を投与すると、重篤な腸炎を発症することを見いだしました。また、マクロファージにおいてヘムにより誘導された Spi-C が、転写因子 IRF5 と結合し、一部の Toll-like receptor 4(TLR4) ※7依存的遺伝子の発現を抑制することで、腸管炎症を防ぐことを明らかにしました。今後、ヒト腸管マクロファージにおける SPI-C 発現制御法の確立が、IBD の新規治療法(薬)開発につながることが期待されます。



本研究で得られた腸管マクロファージの活性制御のメカニズム

腸管マクロファージにおいて、赤血球代謝産物ヘムにより誘導された転写因子Spi-Cは、転写因子 IRF5/NF-κB p65 の二量体形成を阻害することで、一部の TLR4 依存的遺伝子の発現を負に制御し、腸管炎症を防ぐ。


研究の背景

クローン病と潰瘍性大腸炎に代表される炎症性腸疾患(IBD)は、大腸や小腸の粘膜に炎症や潰瘍が起こる難治性の疾患です。ライフスタイルの変化に伴い、日本において IBD 患者数は急激に増加していますが、根治療法は確立されていないため、新規診断法および治療法(薬)の開発が望まれています。


自然免疫細胞の一種であるマクロファージは、炎症性サイトカインを産生することにより、体内に侵入した病原体を排除します。また、マクロファージは、抗炎症性サイトカインを産生することにより、組織の修復や炎症抑制に働きます。脳で出血が起こると、赤血球に含まれるヘムが炎症を抑制するマクロファージを誘導することで、脳梗塞を抑制することが知られています。大腸粘膜における出血は、潰瘍性大腸炎患者に共通に見られる症状の一つです。しかし、ヘムによる腸管マクロファージの制御に関しては明らかになっていませんでした。


本研究の成果

 研究グループは、大腸に存在するマクロファージが、赤血球に多く含まれるヘムと結合することにより、転写因子 Spi-C を高発現することを見いだしました。腸管マクロファージに発現する Spi-C が、腸炎の制御に関与するのかをマクロファージで Spi-C 遺伝子を働かないようにさせた(コンディショナルノックアウト)マウスの解析によって調べました。


デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を含む水を飲ませて、炎症性腸疾患(IBD)様の腸炎を誘導させたところ、通常のマウスと比較して、Spi-C コンディショナルノックアウトマウスでは腸炎の症状(体重減少・下痢・血便)が重篤化することが示されました。通常のマウスにヘムを投与すると、DSS による腸炎の症状が改善しましたが、Spi-C コンディショナルノックアウトマウスでは、ヘム投与による腸炎の改善は示されませんでした。


また、Toll-like receptor 4 のリガンドである LPS で刺激した Spi-C コンディショナルノックアウトマウスの大腸マクロファージでは、腸管炎症に関与する炎症性サイトカイン IL-6 や IL-1αの産生が亢進していました。


さらに、Spi-C がマクロファージの IL-6/IL-1α の産生を抑制するメカニズムをクロマチン免疫沈降法※8 により解析したところ、Spi-C が転写因子 IRF5 と直接結合することで IRF5/NF-κB p65 複合体形成を阻害し、IL-6/IL-1α の遺伝子発現の活性化を防ぐことが分かりました。


本研究の結果から、ヘムによる Spi-C の発現誘導が、腸管マクロファージによる炎症性サイトカイン IL-6 および IL-1α の産生を負に制御して腸炎を抑制することが分かりました。


本研究成果が社会に与える影響

日本における炎症性腸疾患(IBD)患者数は、増加の一途をたどっています。IBD は多因子疾患であるため、現在もなお症状に合わせた多様な治療法の開発が望まれています。本研究により、腸管マクロファージに発現する転写因子 Spi-C が、腸炎の発症や病態に深く関与する分子の発現を抑制することで、腸炎を防ぐことが明らかになりました。本研究の成果より、ヒト腸管マクロファージにおける SPI-C の発現制御法の確立が、IBD の新規治療法の開発につながるものと期待されます。


用語解説

※1 自然免疫

マクロファージ、樹状細胞、好中球などが中心となる原始的な免疫で、異物(病原体・癌細胞など)を取り込み、細胞内で消化することにより排除する。

※2 ヘム

赤血球の成分であるヘモグロビンを構成する分子の一種。酸素はヘムが含む鉄と結合し全身に運ばれる。

※3 転写因子

DNA に結合し、RNA 合成反応(転写)を促進もしくは抑制する機能を持つたんぱく質。

※4 炎症性サイトカイン

免疫細胞が分泌するたんぱく質の一種。炎症反応を促進することで病原体の排除に機能する。過剰な産生は組織破壊を誘導し、多様な疾患の発症や病態に深く関与する。

※5 炎症性腸疾患

厚生労働省により難病に指定されている疾患。大腸や小腸の粘膜に潰瘍や炎症が生じる疾患。

※6 コンディショナルノックアウトマウス

特定の臓器や細胞でのみ標的遺伝子を破壊できるマウス。

※7 Toll-like receptor (Toll 様受容体)

病原体の認識に機能する受容体。自然免疫応答を活性化し、病原体の排除を促進する。

※8 クロマチン免疫沈降

目的のタンパク質に対する抗体を用いて DNA とタンパク質の結合を解析する方法。プロモーター(遺伝子の上流に存在する RNA 合成開始に関わる部位)上への転写因子や基本転写因子の結合を調べる際に用いられる。


論文情報

【掲載誌】

Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS) 2018 年 7 月 31日 オンライン版で公開。

【タイトル】

“Heme ameliorates dextran sodium sulfate-induced colitis through providing intestinal macrophages with non-inflammatory profiles”

【著者】

Hisako Kayama#, Masako Kohyama#, Daisuke Okuzaki, Daisuke Motooka, Soumik Barman, Ryu Okumura, Masato Muneta, Katsuaki Hoshino, Izumi Sasaki, Wataru Ise, Hiroshi Matsuno, Junichi Nishimura, Tomohiro Kurosaki, Shota Nakamura, Hisashi Arase, Tsuneyasu Kaisho*, and Kiyoshi Takeda*

(#同等貢献、*責任著者)


特記事項

本研究は、2014 年度日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究 B(香山尚子)の一環で行われた。また、科学技術振興機構 CREST:「自然免疫系を標的とした腸管免疫疾患の制御技術の開発」、文部科学省:「ヒト腸内細菌叢の機能解析」、「炎症性腸疾患の病態解析」、厚生労働省:「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」、武田科学振興財団、持田記念医学薬学振興財団、難病医学研究財団、アステラス病態代謝研究会より支援を受けて実施された。 

研究期間 2014年度~2016年度 (H.26~H.28) 配分総額 3,900,000 円
代表者 香山尚子 大阪大学 医学系研究科
研究期間 2015年度~2017年度 (H.27~H.29) 配分総額 46,150,000 円
代表者 竹田 潔 大阪大学 医学系研究科
研究期間 2015年度~2016年度 (H.27~H.28) 配分総額 3,640,000 円
代表者 竹田 潔 大阪大学 医学(系)研究科(研究院) 教授
研究期間 2017年度~2019年度 (H.29~R.1) 配分総額 39,568,000 円
代表者 鈴木 康夫 東邦大学 医療センター 佐倉病院 医学部 医学科 内科学講座 消化器内科学分野(佐倉)