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この度、名古屋大学大学院工学研究科の望月健矢大学院生、後藤和泰助教、黒川康良准教授、山本剛久教授、宇佐美徳隆教授らは、太陽電池への応用に有望な電気的特性を示す酸化チタン注1)極薄膜を開発しました。さらに、その微小領域の構造を明らかにすることに世界で初めて成功しました。

近年、原子層堆積法注2)を用いて製膜した酸化チタン薄膜は、結晶シリコン注3)の太陽電池において、光で生成した電子を収集する材料として優れた特性を示すため、高い変換効率が期待されています。しかし、高い性能が得られる酸化チタン薄膜の詳細な構造が明らかでないため、さらなる高性能化の開発指針が不明確でした。

本研究では、結晶シリコンに対して優れた電気的特性を示す酸化チタン極薄膜を開発しました。さらに、その極薄膜の断面を原子レベルで観察することにより、高い性能が得られる詳細な構造を明らかにしました。本研究により、結晶シリコン系太陽電池に用いる新材料の構造設計の指針が明らかになり、太陽電池のさらなる高効率化とそれによる太陽光発電の普及が期待できます。

この研究成果は、平成30年12月19日付(日本時間20時)独国科学雑誌「Advanced Materials Interfaces」オンライン版に掲載されました。

なお、本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)『高性能・高信頼性太陽光発電の発電コスト低減技術開発プロジェクト』、文部科学省科学研究費助成事業新学術領域研究『ハイドロジェノミクス』の支援のもとで行われたものです。


【ポイント】

  • 太陽電池用の高性能な酸化チタン極薄膜の詳細な構造が解明できていなかったため、高性能化への指針が不十分であった。
  • 非常に微小な領域が観察できる顕微鏡と化学的な結合の状態を調査可能な解析手法を組み合わせることにより、太陽電池応用に有望な酸化チタンの詳細構造を明らかにした。
  • 詳細な構造の解明により、高性能な新材料を作製するための構造設計の指針を示すことができ、太陽電池の高性能化が期待できる。


【研究背景と内容】

再生可能エネルギーは、エネルギー・環境問題を解決する資源として期待されてる一方で、その普及に対しては発電コストのさらなる低減が必要とされており、高効率かつ低コストな太陽電池の開発による発電コスト低減の実現が望まれています。

これまでに、太陽電池の内部で光によって生成したキャリア注4)を収集する材料として、水素化アモルファスシリコン注5)と結晶シリコンとのヘテロ接合注6)を用いたヘテロ接合型太陽電池が報告されています。水素化アモルファスシリコンを堆積した結晶シリコンは長いキャリア寿命注7)を示すため、高いパッシベーション注8)性能を示す一方で、水素化アモルファスシリコンによる光吸収やヘテロ界面注9)における電子構造の不整合などが、さらなる高性能化の課題となっていました。近年、この課題を解決する可能性を秘めた新材料を用いた太陽電池の研究開発が各国で活発に行われており、とりわけ原子層堆積法を用いて結晶シリコン上に製膜した酸化チタン薄膜が比較的高い変換効率を示すことから注目を浴びています。しかしながら、高いパッシベーション性能を示す酸化チタン薄膜と結晶シリコンとの界面付近の構造が不明確なため、さらなる特性向上のためにも新規ヘテロ接合材料の開発指針が求められてきました。

開発指針を提示するためには、高い性能を示す酸化チタンの局所構造の解明が最優先課題ですが、これまでに、そのような報告はほとんどありませんでした。そのため、高性能な酸化チタンが得られる構造がわからず、新規ヘテロ接合材料の開発指針が不十分でした。

そこで、高いパッシベーション性能を示す極薄膜の酸化チタンの製膜技術を持っている宇佐美グループと原子レベルで試料の構造を調査可能な卓越した解析技術を持っている山本グループとが連携することにより、高性能な酸化チタン極薄膜の詳細な構造を調査し、世界で初めて高いパッシベーション性能を示す酸化チタン極薄膜の構造を明らかにすることができました。

試料の作製手順として、単結晶のシリコン基板を洗浄し、さらに、オゾン水(DI-O3)、過酸化水素水(H2O2)、110°Cに熱した硝酸(HNO3)、常温の硝酸を用いて、事前に酸化処理を施した後、原子層堆積装置を用いて3nmの極薄膜の酸化チタンを製膜しました。また、その後の熱処理により、高いパッシベーション性能を発現させました。さらに、その高いパッシベーション性能を示す試料に対して、透過型電子顕微鏡注10)と電子エネルギー損失分光法注11)を組み合わせることにより、熱処理前後の試料の断面の詳細な構造を明らかにしました。透過型電子顕微鏡を用いた微小な領域の構造の観察には、極めて丁寧に試料の薄片化を行い、加工時のダメージを極限まで抑制した試料を作製することで、世界で初めて高いパッシベーション性能を示す酸化チタン極薄膜の詳細な構造を明らかにすることができました。

ヘテロ界面の微小な領域の構造の観察により、高性能な酸化チタン極薄膜は、熱処理前にはシリコンの酸化膜が化学量論的比注12)から外れた密度の低い膜であったものが、熱処理をすることにより、チタン原子が含まれた化学量論比に近い密度の高いシリコン酸化膜になっていることが、明らかになりました。さらに、酸化チタンと酸化シリコンの間には、両者が混在した混合膜ができていることもわかりました。また、チタンを含んだ化学量論比に近い密度が高い緻密なシリコン酸化膜が高いパッシベーション性能に極めて重要であることも判明しました。

図1は、様々な事前酸化処理を施した試料のキャリア寿命を比較した図とその試料構造です。室温の硝酸で結晶シリコンを事前酸化して熱処理することで高い実効キャリア寿命を得られることがわかります。

図2は、室温の硝酸で事前酸化処理を行った上で、熱処理前後の酸化チタンと結晶シリコン界面付近の断面像を比較したものです。結晶シリコン中のシリコン原子が規則的に配列していることが明瞭にわかるほど微小な領域の断面構造図が得られています。

図3は、図2中の断面像の各pointと示した位置におけるシリコン、チタン、酸素の電子エネルギー損失分光のスペクトル注13)です。これにより、薄膜中のシリコン、チタン、酸素の電子構造を調べることができます。



図1酸化チタンを製膜前に様々な条件で酸化処理を施した結晶シリコンのキャリア寿命



図2(a)アニール前と(b)アニール後の酸化チタンと結晶シリコン界面近傍の断面透過型電子顕微鏡像



図3アニール前の(a)シリコン、(b)酸素、(c)チタンとアニール後の(d)シリコン、(e)酸素、(f)チタンの電子エネルギー損失分光スペクトル.図中のpointは図2のpointと対応し、各位置における電子構造を反映した形状が現れている


【成果の意義】

本研究では、シリコンに対して優れた電気的特性を示す酸化チタン極薄膜を開発し、そのヘテロ界面の詳細な構造を解明しました。本成果は、酸化チタンの高性能化のメカニズム解明に役立つだけでなく、高性能な新規ヘテロ接合材料の開発指針につながります。これにより、結晶シリコン系太陽電池のさらなる高効率化が期待できます。また、本研究から、密度の低いシリコン酸化膜を事前に形成することで、優れた電気的特性が得られることが分かったため、より疎なシリコン酸化膜を事前に形成することにより、さらなる性能向上も目指します。さらに、研究グループでは、酸化チタン以外の新規ヘテロ接合材料の開発も並行して進めており、今回明らかにした高性能化のメカニズムが材料に依らず、一般的に成り立つ普遍的な高性能化モデルの構築にも貢献していきます。


【用語説明】

注1)酸化チタン

酸素原子とチタン原子の化合物。酸素もチタンも地球の地表付近に多くに存在する。光触媒としての性質をもち、住宅用のタイルなどにも応用されています。

注2)原子層堆積法

原子を1層ずつ基板上に堆積する手法。酸化チタンの場合は、チタン原子と酸素原子を一層ずつ交互に製膜する。結晶シリコン表面へのダメージを抑制した製膜が可能です。

注3)結晶シリコン

シリコン原子が3次元で周期的に配列したもの。結晶には単一の結晶粒で構成される単結晶と複数の結晶粒で構成される多結晶があるが、本研究では単結晶を用いています。

注4)キャリア

電荷を運ぶもの。半導体の電気伝導の場合は、負の電荷をもったものを電子、正の電荷をもったものを正孔と呼びます。

注5)水素化アモルファスシリコン

シリコン原子が3次元で周期的に配列しておらず、不規則に結合している物質をアモルファスシリコンと言い、アモルファスシリコン中に水素を導入したものを水素化アモルファスシリコンといます。水素化アモルファスシリコン中の水素によりアモルファスシリコンに存在する欠陥を減らし、電気的特性を向上させる効果があります。

注6)ヘテロ接合

異なる材料同士で接合を形成すること。本研究では、結晶シリコンと酸化チタンの異種接合を研究対象としています。

注7)キャリア寿命

光照射により生成したキャリアが消滅するまでの時間。この寿命が長い方が高い太陽電池特性が得られる。薄膜を結晶シリコンに堆積した際に、キャリア寿命が長いほど、パッシベーション性能が高いといえます。

注8)パッシベーション

結晶シリコン表面には通常多数の欠陥が存在していますが、結晶シリコン表面に対して不動態化とも呼ばれるパッシベーションを行うことで、表面の欠陥による悪影響を低減し、太陽電池の性能を向上することができます。

注9)ヘテロ界面

異なる(ヘテロ)材料を重ねた際の境界面のこと。結晶シリコンと水素化アモルファスシリコンの界面や結晶シリコンと酸化チタンの界面のことなどを指します。

注10)透過型電子顕微鏡

薄片化した試料に対して加速して高速にした電子を照射し、透過してくる電子を結像することで試料の構造を観察することができます。原子レベルで構造を観察することができる空間的な識別能力が非常に高い顕微鏡です。

注11)電子エネルギー損失分光法

高速に加速された電子が試料を透過してくる際に、試料を構成する原子との相互作用により失われたエネルギーを測定する手法。透過型電子顕微鏡と組み合わせることにより、微小領域の物質の電子状態を調べることが可能です。

注12)化学量論比

ある化学物質があるとき、その化学物質を構成している原子数の比が化学式通りに存在している状態のことです。例えば、本研究で用いた酸化チタンは、チタン原子1つに対して酸素原子が2つ結合した状態が化学量論比の酸化チタンですが、実際には酸素が失われた箇所も存在するため、化学量論比でない酸化チタンが結晶シリコンに製膜されています。

注13)スペクトル

ある複雑な量を単純な成分に分け、ある特定の量の大小によって分布を示したもの。本研究で用いた電子エネルギー損失分光では、透過した電子の強度分布を失われた電子のエネルギーに対して分解して示しています。


【論文情報】

雑誌名:Advanced Materials Interfaces

論文タイトル:”Local Structure of High Performance TiOx Electron-Selective Contact Revealed by Electron Energy Loss Spectroscopy”

著者:Takeya Mochizuki, Kazuhiro Gotoh,Yasuyoshi Kurokawa,Takahisa Yamamoto,Noritaka Usami

DOI:10.1002/admi.201801645