関連データ・研究者

発表者

高橋 一生(東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)

Kam W. Tang(東京大学大学院農学生命科学研究科 客員教授:当時、現英国スウォンジー大学生物科学部 教授)

Jami A. Ivory(東京大学大学院農学生命科学研究科 研究生:当時、現米国オレゴン州立大学ハットフィールド海洋科学センター研究員)

西部裕一郎(東京大学大気海洋研究所 准教授)

下出 信次(横浜国立大学環境情報研究院 准教授)


発表のポイント

  • 温暖化による沿岸域海水温上昇が動物プランクトンの死亡率を高めることを発見した。
  • 生体染色法により直接観察が難しい微小な動物プランクトンの死亡個体量を可視化した。
  • 水温上昇が沿岸域に生息する動物プランクトンの死亡率を高め、海洋食物連鎖の構造に直接影響を与えていることを広域研究により初めて示し、温暖化影響評価において新たな基準を示した。


発表概要

海洋生態系において、動物プランクトン(注1)は、基礎生産者である植物プランクトンを摂餌し、高次捕食者である魚類の主餌料となることから、食物連鎖が安定して維持されるために必要不可欠な生物群です。しかしながら、近年顕在化している温暖化による水温上昇がこの生物群の生残にどのような影響を与えているかという点については明らかにされていませんでした。東京大学大学院農学生命科学研究科、大気海洋研究所、横浜国立大学らの研究グループは、日本各地の沿岸域において、採集直後の動物プランクトン試料に生体染色を施すことにより、採集以前に現場水中環境の死亡個体の割合を求め、これと水温との関係を調べました。その結果、動物プランクトン群集を構成する主要なカイアシ類(注2)では、最大で全体の半数にのぼる個体が、採集される以前に現場水中内で既に死亡していたことが明らかとなりました。水温に対する応答は分類群ごとに異なるものの、死亡個体の割合は概ね水温とともに上昇し、とくに環境中の平均水温が21ºCを越えると急激に高まることが示されました。本研究の結果は、広域調査により現場水温の上昇が動物プランクトンの死亡率に影響を与えることを示した初めての報告であり、沿岸域海水温の継続的な上昇が動物プランクトンの群集組成に影響を与え、海洋食物連鎖の安定的な維持が困難になる可能性を示しています。


発表内容

温暖化による海水温の上昇が世界各地で確認されています。とくに日本沿岸域の海水温上昇率は世界平均よりも速いことが明らかとなっており、生態系保護や水産資源管理の観点からその影響予測は重要な研究課題となっています。動物プランクトン(注1)は魚類の餌料として重要であり、その動態は水産資源の増減に大きく影響することが知られていますが、海水温の上昇が本生物群に与える影響については十分に調査されていませんでした。水中浮遊生活を営む微小な動物プランクトンは直接観察が難しく、その生息状況が容易に把握出来なかったことが、その最大の原因です。


今回、東京大学大学院農学生命科学研究科、東京大学大気海洋研究所、横浜国立大学らの研究グループは、西日本から東北に至る日本各地の沿岸域(瀬戸内海、浜名湖、相模湾、東京湾、大槌湾;図1)において水温上昇期にあたる5月〜7月にかけて調査を行い、ニュートラルレッド(注3)と呼ばれる試薬を用いて採集直後の動物プランクトン試料に生体染色を施すことにより、試料中の動物プランクトン群集のうち採集以前に現場水中環境において既に死亡していた個体の割合を求めることに成功しました(図2)。調査の結果、とくに優占する分類群であるカイアシ類(注2)では、現場に存在した個体のうち平均4.4–18.1%、最大で53%が採集時には既に死亡していたことが明らかとなりました(図3)。この死亡個体の割合は分類群や観測海域により異なりましたが、概ね水温の上昇とともに高くなる傾向を示しました。とくに最も優占するアカルチア属カイアシ類では水温との関係性が顕著であり、表面から海底直上までの平均水温が21ºCを越えると死亡個体の割合が急激に高まることが明らかとなりました(図4)。さらに死亡個体の分解速度の測定結果から、死亡していた動物プランクトンのおよそ半数が水中内でバクテリアにより分解され、残りの半分は海底に堆積すると見積もられました。


一般に海洋生態系では、動物プランクトンの死亡要因のほとんどは魚類などの上位栄養段階の生物による捕食であると考えられてきました。本研究結果は高水温環境下において動物プランクトンの死亡率が加速度的に高まり、そのほとんどが魚類に補食されることなくバクテリアに分解されるか、もしくは海底の物質循環に加わることを示しています。すなわち、日本沿岸域の水温上昇は、水中内の動物プランクトンの死亡率を高めるだけでなく、食物連鎖の構造自体を変えてしまうと考えられます。


温暖化による水温上昇が動物プランクトンに与える影響についてはこれまで、高水温海域の北上による暖水性種の分布域の拡大と、これに伴う冷水性種の分布域の縮小という観点から予測研究が進められてきました。本研究は、暖水域水塊内における水温上昇自体がそこに生息する動物プランクトンの死亡率を高め、海洋食物連鎖の構造に直接影響を与えていることを広域研究により初めて示した研究結果です。今後は、より広い範囲において死亡個体出現率と水温の関係を調査するとともに、優占種の水温上昇に対する耐性や順応過程に伴う代謝変化を種毎に明らかにすることが、温暖化に伴う海水温の上昇が海洋食物網構造に与える影響を予測する上で重要になると考えられます。



図1 本研究観測海域(○)と採集測点の位置(●). 調査は水温上昇期にあたる2013年5月〜7月に実施した.



図2 ニュートラルレッド生体染色を施された現場動物プランクトン(カイアシ類)試料. 採集時に生存していた健常個体生体はピンク色に染色されるが, 死亡個体は染色されない. 死亡直後も一定期間は染色されるため, 採集時のストレス等で死亡した個体は染色される. 一方、染色されなかった個体は採集時以前より死亡し水中内に浮遊懸濁していたと考えられる.(写真撮影:高橋一生)



図3 日本沿岸域水温上昇期における動物プランクトン(カイアシ類)優占群中の死亡個体の割合.

死亡個体割合はニュートラルレッド生体染色法により測定.エラーバーは標準偏差を示す.



図4 日本沿岸水温上昇期(5-7月)における, 動物プランクトン(カイアシ類)優占群中の死亡個体の割合と水温との関係.

図中の回帰線は有意な関係性(p < 0.05)を示す.写真中の白線スケールは0.5mm.(写真撮影:下出信次)


発表雑誌

雑誌名

「ICES Journal of Marine Science」(オンライン版の場合:3月1日)


論文タイトル

Dead heat: copepod carcass occurrence along the Japanese coasts and implications for a warming ocean


著者

Tang, K. W. *, Ivory, J. A., Shimode, S., Nishibe, Y., K. Takahashi*


DOI番号

doi.org/10.1093/icesjms/fsz017


論文URL

https://doi.org/10.1093/icesjms/fsz017


用語解説

注1 プランクトン

水中や水面といった漂泳区を漂って生活する浮遊生物を指し、水流に逆えるに足る遊泳能力を持たない生物の総称である。様々な分類群に属する生物を含む。栄養摂取の形式により、一般に光合成を行なうものを植物プランクトン、従属栄養性のものを動物プランクトンと呼ぶ。


注2 カイアシ類

節足動物門、甲殻亜門、カイアシ亜綱に属する動物群の総称。海洋および陸水のプランクトン群集中に優占する。水圏の主要な基礎生産者である植物プランクトンを主な餌料とし、魚類などの高次捕食者の好餌料となるため、水産資源に繋がる食物連鎖のリンクとして極めて重要な働きを担う。


注3 ニュートラルレッド

酸塩基指示薬のひとつ(化学式C15H17ClN4)。pH6.8で赤色、pH8.0で黄色を呈する。生細胞に取り込まれ、細胞質内の顆粒やミトコンドリアを生きたままで染色するため生体染色用色素として使用される。

ニュース「日本沿岸の動物プランクトンは21度超の海水温で大量死の可能性」 | サイエンスポータル

日本沿岸の動物プランクトンは21度超の海水温で大量死の可能性 | テクノロジー | マイナビニュース

研究期間 2013年度~2016年度 (H.25~H.28) 配分総額 4,940,000 円
代表者 下出信次 横浜国立大学 環境情報研究科(研究院) 准教授
研究期間 2016年度~2019年度 (H.28~H.31) 配分総額 14,430,000 円
代表者 高橋一生 東京大学 大学院農学生命科学研究科(農学部) 准教授
研究期間 2018年度~2020年度 (H.30~H.32) 配分総額 4,290,000 円
代表者 西部 裕一郎 東京大学 大気海洋研究所 准教授