関連データ・研究者

発表者:

五十嵐 正樹(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 助教)

三浦 雅臣(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 医師)

山内 敏正(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 教授)


発表のポイント:

  • 加齢による腸管上皮の幹細胞機能低下に関わる経路を同定しました。また、その経路を活性化することで、幹細胞の自己複製能力を回復することに成功しました。
  • 幹細胞の老化に関わる経路として、新たに SIRT1/mTORC1 経路を同定しました。また、SIRT1/mTORC1 経路の活性化で、加齢による幹細胞機能低下の回復が可能なことを示しました。
  • 本研究成果は、加齢により低下する幹細胞機能を回復する有効な手段の開発につながり、健康長寿社会の実現に貢献することが期待されます。


発表概要:

老化による機能低下は、組織をつくる基となる幹細胞(注 1)の機能低下と密接な関係があります。しかし、加齢による幹細胞の機能低下の原因は十分にはわかっていませんでした。そこで、東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 五十嵐正樹助教、三浦雅臣医師、山内敏正教授のグループは、マサチューセッツ工科大学 Leonard Guarente 教授との共同研究で、マウスの腸管上皮幹細胞を用いて、加齢による幹細胞の自己複製機能低下に長寿遺伝子 SIRT1(注 2)の活性低下が重要な役割を果たすことを見出しました。さらに、NAD+(注 3)前駆体のニコチンアミドリボシド(NR)(注 4)投与により SIRT1/mTORC1(注 5)経路を活性化することで、加齢に伴う幹細胞増殖能力と組織修復能力の低下を改善することを明らかにしました。今回の新しい発見により、加齢により低下する幹細胞機能を回復する有効な手段の開発につながり、健康長寿社会の実現に貢献する可能性があります。


発表内容:

【研究の背景】

老化は、がんや糖尿病、アルツハイマー病、心血管病などの主要な危険因子であり、組織恒常性(組織を一定の状態に保つこと)は、組織をつくる基になる幹細胞により制御されています。しかし、腸管上皮幹細胞を含む多くの幹細胞で老化における制御は十分にわかっていないのが現状です。東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科の五十嵐正樹助教は、以前、カロリー制限下では、腸管上皮幹細胞のニッチ(注 6)であるパネート細胞から分泌される因子が、幹細胞内の NAD+量を増加させ、長寿遺伝子 SIRT1 とその標的である mTORC1-S6K1 を活性化することで幹細胞自己複製能力を増加させることを明らかにし、報告しています(Igarashi et.al., Cell.2016)。今回、東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科の五十嵐正樹助教、三浦雅臣医師、山内敏正教授のグループは、マサチューセッツ工科大学 Leonard Guarente 教授との共同研究で、新たに老化における腸管上皮の幹細胞制御に着目してその制御機構を明らかにし、幹細胞老化への新しい介入方法の開発を試みました。


【研究内容】

若齢マウスと老齢マウスの腸管上皮組織の標本を用いて染色を行い、老齢マウスでは、ニッチであるパネート細胞の数は変化しないものの、幹細胞の数が減少することを確認しました。また、若齢マウスと老齢マウスからとりだした幹細胞から形成されるオルガノイド(注 7)の培養実験を行い、老齢マウス由来幹細胞の自己複製能力が若齢マウスのものと比べて低下することを示しました。一方で、ニッチであるパネート細胞の機能は加齢に伴い変化を認めませんでした。


老齢マウスの幹細胞では SIRT1 活性および mTORC1 活性が低下していることがわかり、カロリー制限下での幹細胞制御と同様に、SIRT1 活性とそれによって制御される mTORC1 活性が幹細胞老化に関わりをもつことが示唆されました。そして、細胞内 NAD+を増加させて、SIRT1 活性を増加させることが知られる NAD+前駆体のニコチンアミドリボシド(NR)を、老齢マウスの幹細胞からのオルガノイド培養液に添加したり、あるいは老齢マウスに飲水で投与しました。すると、上述した老齢マウスにおける幹細胞の自己複製能力の低下が、若齢マウスと同様な程度にまで改善することがわかりました。また、SIRT1 特異的阻害剤や mTORC1阻害剤を培養液に添加してオルガノイド培養を行った実験から、SIRT1 活性とそれによって制御される mTORC1 活性の阻害により、NR の幹細胞への効果が抑制されることが明らかになりました。実際に、NR の投与により幹細胞での SIRT1 活性と mTORC1 活性が活性化されていることが確かめられました。さらに、老齢マウスでは、腸管炎症後の組織修復が遅延しますが、NR を飲水で老齢マウスに投与すると、加齢に伴う組織修復能力の低下が改善することがわかりました。


【社会的意義】

老化による幹細胞の機能低下を改善することによって、加齢による各臓器の機能低下を改善することが期待されます。よって、本研究のような、加齢による腸管上皮幹細胞機能低下の制御機構の解明とそれを基にした幹細胞機能の改善法の開発は、加齢医学(アンチエイジング医学)の分野において大きな発展をもたらす可能性があります。特に、NAD+前駆体である NRは、食品成分やサプリメントして摂取が可能であることからも、老化への介入法として実用化されていく可能性を秘めており、本研究は健康長寿社会の実現に貢献することが期待されます。


発表雑誌:

雑誌名:

「Aging Cell」(日本時間 3 月 28 日にオンライン版にて発表されました)


論文タイトル:

NAD+ supplementation rejuvenates aged gut adult stem cells


著者:

Masaki Igarashi*, Masaomi Miura, Eric Williams, Frank Jaksch, Takashi Kadowaki,Toshimasa Yamauchi* & Leonard Guarente*


DOI 番号:

10.1111/acel.12935


アブストラクト URL:

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/acel.12935


用語解説:

(注 1)幹細胞

同じ種類の細胞を自己複製する能力と分化する能力を持つあらゆる細胞のもととなる細胞。


(注 2)長寿遺伝子

SIRT1その活性化によって生物の寿命が延びるとされる脱アセチル化酵素。飢餓やカロリー制限によって活性化され、カロリー制限による寿命延長の効果を媒介するといわれる。


(注 3)NAD+

生物の主な酸化還元反応において必須成分であり、酸化的リン酸化の中心的な役割を担う。一方で、長寿遺伝子 SIRT1 の活性を調整するなど老化に関わることが知られるようになった、


(注 4)ニコチンアミドリボシド

NAD+合成の前駆体となることが知られ、ビタミン B3 群に属する。


(注 5)mTORC1

細胞内シグナル伝達に関与するタンパク質キナーゼの一種である mTOR を含むタンパク複合体。タンパク質の合成、分解を制御し、細胞機能に中心的な役割を担う。S6K1 はその標的分子のひとつである。


(注 6)ニッチ

いくつかの異なった細胞集団から成り、腸管上皮幹細胞の自己複製と分化との間のバランスを制御することによって、幹細胞の数と機能を維持するのに重要な役割を持つ。幹細胞ニッチを構成する細胞は、液性因子の分泌を通じて、幹細胞の活性を制御している。


(注 7)オルガノイド

3次元的に試験管内でつくられた臓器。実際の臓器と同様な解剖学的構造を示す。


添付資料: 


図:本研究の概念図

ニコチンアミドリボシド(NR)は加齢において低下する幹細胞自己複製機能を回復させる 

研究期間 2014年度~2018年度 (H.26~H.30) 配分総額 513,240,000 円
代表者 門脇 孝 東京大学 医学部附属病院
研究期間 2017年度~2018年度 (H.29~H.30) 配分総額 2,730,000 円
代表者 五十嵐 正樹 東京大学 医学部附属病院 助教