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研究の要旨とポイント

  • 人や動物に広く使用されるが副作用のある抗生物質、クロラムフェニコールがイネに被害を引き起こす病原菌、イネいもち病菌の感染を阻害することを見出しました。
  • これまで機能が未知であったイネいもち病菌のタンパク質、MoDullardをクロラムフェニコールの新たな標的因子として同定することに成功しました。
  • さらにヒトにもMoDullardによく似たタンパク質CTDSP1が存在し、その機能もまたクロラムフェニコールによって同様に阻害されることを発見しました。
  • この発見はイネいもち病菌の新たな病害防除法の提案につながるだけでなく、これまで未知であったクロラムフェニコールの副作用メカニズムの解明の手がかりになることが期待されます。


東京理科大学の鎌倉高志教授らの研究グループが、抗生物質クロラムフェニコールの真核細胞に対する新たな分子標的を、初めて同定しました。クロラムフェニコールはヒトや動物に広く利用されるものの複数の副作用がある抗生物質です。Scientific Reportsに発表された今回の研究について、鎌倉教授は「クロラムフェニコールの分子標的の同定は、ヒトにおける副作用の解明と解決につながるかもしれません」と語っています。


【研究の背景】 

抗生物質は、細菌感染症または真菌感染症に広く用いられる治療法です。クロラムフェニコールは非常に広い抗菌スペクトルを持つことから多くの細菌に対して有効で、人および獣医療で広く使用されてきました。一方で、クロラムフェニコールには再生不良性貧血や骨髄抑制、新生児にみられるグレイ症候群など、ヒトに対する複数の副作用を示すことから、現在では他の薬剤が使用できない細菌性髄膜炎やリケッチア症等の致死的な感染症に対してのみ利用されています。 


薬剤の効果 (主作用) や副作用は、その標的因子 (タンパク質) との結合によって引き起こされます。生体内において薬剤と結合する因子は、親和性が高い標的因子のみならず、標的因子ほどは強くなくとも薬剤と相互作用する生体内因子も数多く存在しています。このような薬剤の未知の標的因子を探索・同定することで、原因不明の副作用の解明や、安全性が確認されている既存薬から新たな薬効を見つけ出すドラッグリポジショニングなどに繋げられる可能性があります。しかし、親和性がそれほど強くない標的因子の同定は技術的に非常に難しいという問題がありました。 


これまで高用量のクロラムフェニコールは真核生物においてミトコンドリア損傷を引き起こすと考えられてきましたが、具体的な標的因子の解明には至っていませんでした。今回の鎌倉教授らの研究では、上記の課題を解決する独自の方法で、この薬物が真核生物において標的因子とするタンパク質の同定に成功しました。


【研究成果の詳細】 

鎌倉高志教授と大学院生野坂亮仁らの研究チームは、イネに重要病害を引き起こすイネいもち病菌を研究材料に選び、独自の研究手法によりクロラムフェニコールの新しい標的因子を同定することに成功しました。イネいもち病菌は米の生産に多大な被害を引き起こす重要病害菌ですが、いわゆる「ジャンクDNA」、つまり機能が特定されていないDNAの非コード領域が少ないため、薬物の新しい分子標的の同定を行うのに理想的な研究材料です。 


イネいもち病菌はイネへの感染過程で、固いイネ表皮を破るために「付着器」と呼ばれる感染に必須な構造を、胞子から発芽した発芽管の先端部で形成し、宿主(植物)細胞との接触を開始し感染に至ります (図)。この付着器形成による感染プロセスは細胞分裂および細胞分化に依存することが知られています。細胞分化では多くの細胞内分子が特異的にはたらくことを踏まえると、『付着器形成(細胞分化)に影響を与える薬物の「標的」をよりシンプルにとらえることができる』と考えられます。鎌倉教授の研究チームは以前の研究で確立したこのアイディアを利用し、独自の手法で薬剤の標的分子を同定する研究を行いました。 


イネいもち病菌の付着器は人工固体基質 (ポリカーボネート板) 上で簡単に誘導することができます。研究者らがイネいもち病菌の胞子懸濁液をクロラムフェニコールにさらして6時間後に顕微鏡で観察したところ、胞子の発芽ならびに発芽管の長さへの影響はみられなかったものの、付着器形成の割合は有意に減少することがわかりました。この結果から、クロラムフェニコールがこの付着器の形成を阻害する薬剤であることが見出されました (図)。クロラムフェニコールが真核生物の細胞分化に影響を与えるという知見はこれまで無く、新たな薬剤作用点の存在が示唆されました。


図 イネいもち病菌の感染過程においてクロラムフェニコール (Cm) は MoDullardに作用することで付着器形成を阻害する。


次に、研究チームはイネいもち病菌の全ゲノムを用いた網羅的なクロラムフェニコールの標的スクリーニングを行い、標的候補とされたイネいもち病菌ペプチド14個のうち2個が機能的に活性なタンパク質の一部であること、そのうちの1つはDullardと呼ばれるタンパク質由来であること、そしてこのタンパク質が付着器形成段階で最も発現されていることを突き止めました。研究者はイネいもち病菌のこのタンパク質を「MoDullard」と名付け、MoDullard遺伝子をノックアウトすることで機能の解析を試みました。その結果、この遺伝子を持たない変異体は付着器を形成することができない上に、クロラムフェニコールに対しても抵抗性があることを突き止めました。 


このように、イネいもち病菌独自の特性と分子生物学的手法を駆使することにより、MoDullardというこれまで機能が未知であったタンパク質がクロラムフェニコールと相互作用することが示され、MoDullardがイネいもち病菌の付着器形成に重要な役割を果たすこと、そしてクロラムフェニコールによってその機能が阻害されることを明らかにしました。 


さらに興味深いことに、ヒトにおいてもイネいもち病菌のMoDullardによく似たCTDSP1というタンパク質が存在することがわかりました。イネいもち病菌の細胞内に導入したヒトのCTDSP1の機能も、クロラムフェニコールによって同様に阻害されることを発見しました。以上の成果はヒトを含む真核生物におけるクロラムフェニコールの標的因子を同定した初めての例となります。 


鎌倉教授は、「ここで初めて明らかにされた付着器形成の抑制のメカニズムのより詳細な分析は、イネいもち病のための新しい防除方法の開発につながるかもしれません。また、今回新しく開発したイネいもち病菌をつかった薬物スクリーニング手法は、安全性プロファイルが確認されている既存の薬物の新たな効果を発見するための、あるいは薬物の未知の副作用の解明や、ドラッグリポジショニングにつながる可能性があります」と述べています。


【今後の展望】 

CTDSP1がクロラムフェニコールとヒトの体内でどのように相互作用し、どのような作用を引き起こすかという疑問は今後解決すべき課題です。クロラムフェニコールと標的因子の関係性をより詳細に研究することは、イネいもち病菌の新しい病害防除法の開発だけでなく、ヒトに対する副作用の解明と解決に繋がる可能性を持っており、さらなるメカニズムの解明を目指しています。


【論文情報】

雑誌名:Scientific Reports(2019年6月26日、日本時間18時掲載)

論文タイトル:Chloramphenicol inhibits eukaryotic Ser/Thr phosphatase and infection-specific cell differentiation in the rice blast fungus

著者:Akihito Nozaka, Ayaka Nishiwaki, Yuka Nagashima, Shogo Endo, Misa Kuroki, Masahiro Nakajima, Megumi Narukawa, Shinji Kamisuki, Takayuki Arazoe, Hayao Taguchi, Fumio Sugawara and Takashi Kamakura

DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-019-41039-x