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【研究成果のポイント】

  • 人工光合成※1(光触媒※2反応)において、時間分解テラヘルツ(THz)※3全反射分光法※4を用いて、光触媒分子(レ二ウム(Re)錯体)と還元剤TEOA溶液の分子間相対運動および電荷移動の観測に初めて成功。
  • 光触媒反応がピコ(10-12)秒という極めて短い時間の中でどのように起こっているかを直接観測することはこれまで不可能だった。
  • 光触媒反応における還元剤の役割を解明することで、高効率の光触媒分子の探索が期待される。

 

概要

ベトナム物質科学研究所の Phuong Ngoc Nguyen 研究員(研究当時:大阪大学大学院理学研究科博士後期課程)、大学院生命機能研究科(理学研究科兼任)の渡邊浩助教、木村真一教授、東京工業大学理学院化学系の石谷治教授、玉置悠祐助教らの研究グループは、人工光合成に用いられる光触媒分子(Re 錯体)が還元剤TEOA溶液中において、光照射後しばらくしてRe錯体へ隣のTEOA分子が近づき、電子を渡す様子を、時間分解THz全反射分光法を用いて、ピコ秒の時間スケールで観測することに初めて成功しました。この成果は、光触媒反応の詳細な理解とより効率の高い光触媒分子の探索に重要な役割を果たすことが期待されます。また本研究で用いた時間分解THz全反射分光法は、液体中の2つの分子間の位置関係の変化を知ることができるため、光触媒反応プロセスだけでなく、生物・化学分野における反応プロセスの理解に役立つものと期待されます。

 

本研究成果は、8月13日(火)18:00(日本時間)にNature Publishing Group「Scientific Reports」(オンライン版)で公開されました。

 

研究の背景

二酸化炭素と光から化学エネルギーを作り出す人工光合成(光触媒反応)は、太陽電池と並び、次世代のクリーンエネルギー源として期待されており、特に、レニウム(Re)錯体を用いた光触媒反応は、効率がとても高いことが知られています。その光触媒反応は、ピコ(10-12)秒~ミリ(10-3)秒という極めて短い現象の間に起こり、その中で『光を吸収する』、『隣の分子から電子を受け取る』、『二酸化炭素を還元する』など様々な現象が起こっています。より高効率な光触媒分子を作るためには、ピコ秒という極めて短い時間の中で光触媒反応が開始される現象がどのように起こっているかを調べる必要があり、パルスレーザー※5を使った可視光や赤外線での研究がこれまでは主に行なわれてきました。しかし、触媒反応で重要な、『光を吸収』した後に『隣の分子』がどのように近づいてきて、『電子を受け取った』のか、つまり分子間の相対運動や電荷移動を直接観測することは不可能でした。

 

そこで本研究では、可視光や赤外線より周波数が低いテラヘルツ(THz)光を用いることを思い立ちました。THz 光を用いることでゆっくり振動する大きな分子間の振動が観測でき、その周波数変化を調べることで、隣り合う分子との間の相対位置の変化や電荷移動の情報を得ることができます。しかし、THz光は液体に吸収されやすくうまく観測できないため、新たな観測手法を用いる必要がありました。

 

本研究の内容

本研究では、人工光合成材料として用いられている光触媒分[Re(CO)2(bpy){P(OEt)3}2](PF6)(Re錯体)において、光触媒反応がどのように起こっているかを時間分解THz全反射分光法という方法を用いて観測を行いました。光触媒分子は光を吸収することで CO2を CO へと還元しエネルギーを取り出すことができるものですが、この過程には、

 

  • Re 錯体が光を吸収し、Re 原子内の電子が周りの配位子原子へと移動する。
  • Re錯体が周りの還元剤(TEOA)から電子を受け取る。
  • 二酸化炭素(CO2)を一酸化炭素(CO)へと還元する。


というプロセスが存在します。我々はこれらのうち 2 番目の還元剤とRe錯体への電荷移動過程に着目し、この過程がどのように起こっているかを調べました。触媒反応の観測は、これまで主に近・中赤外の光を用いて行われてきました。近・中赤外光は分子内振動という、分子の中の隣り合う二つの「原子」の結合力の変化を見ることができます。一方我々が用いた THz 光は分子間振動という隣り合う二つの「分子」の結合力の変化を見ることができるため、Re 錯体の周りの TEOA 分子が光照射後にどのように動き、どのように電子をやり取りするかを観測することが可能です。しかし THz 光は液体に吸収されやすいという性質を持っているため、TEOA 溶液中の Re 錯体を観測しようとすると溶液の吸収に邪魔されてうまく観測できないという問題がありました。そこで新たに、全反射分光という方法と THz 分光を組み合わせる(図1)ことで溶液のTHz分光を可能にしました。

  

我々はさらに THz 全反射分光法に、超高速の時間分解測定を行うため、波長 400 nm のパルス光を試料に当てた後、少し時間を遅らせて THz パルスを照射するポンプ・プローブ分光法※6という手法を組み合わせた時間分解THz 全反射分光で、ピコ秒の時間スケールで紫外線照射後の光触媒反応の観測に初めて成功しました。

 

その結果、光照射直後から9ピコ秒までは、光を吸収することで Re 錯体の温度が急激に上がった後、図 2(I)に示すように周りのTEOA分子へと熱を渡し、冷えていく過程を見ていると考えられます。次に9~14ピコ秒では、図2(II)に示すように TEOA 分子が回転し、Re 錯体との間の距離が短くなったことが分かりました。最後に 14 ピコ秒以降では、図2(III)に示すように、TEOA分子からRe原子へ電荷移動が起こり、共に正へと帯電したためクーロン反発※7により離れてしまったため、分子間振動自体がなくなったと考えられます。

  

このように我々は時間分解THz全反射分光を用いることで、光触媒反応においてピコ秒と極めて速い時間スケールで還元剤がどのように動き、電子が移動するのかを観測することに初めて成功しました。

 


図1 THz全反射分光のセットアップ



図2光触媒反応における光照射後のRe錯体とTEOA分子の位置関係の変化の模式図

 

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果義)

次世代のクリーンエネルギーの一つとして期待される高効率の光触媒分子を探索するうえで、その反応過程を詳細に調べることは、高いエネルギー変換効率を得るために極めて重要です。本研究は、二つの分子間の結合力と電荷移動を知ることができるTHz光を用いて、光触媒分子と還元剤の動きを観測することに成功しました。このことは光触媒還元反応における還元剤の役割をより詳細に観測可能であることを示しており、今後高効率の光触媒過程を作り出すうえで、この測定法が大きな助けとなると考えられます。また光触媒反応以外においても、多くの生物・化学における反応は、溶液中において二つの分子の間で起こるものが多く、時間分解 THz 全反射分光の手法は多様な反応過程の研究の発展へとつながっていくことが期待されます。

 

特記事項

本研究成果は,2019 年 8 月 13 日(火)18:00(日本時間)に Nature Publishing Group「ScientificReports」(オンライン版)で公開されました。

 

【題目】Relaxation dynamics of [Re(CO)2(bpy){P(OEt)3}2](PF6) in TEOA solvent measured by time-resolved attenuated total reflection terahertz spectroscopy

【論文誌名】Scientific Reports9, 11772 (2019).

8月13日(日本時間)掲載  [ https://doi.org/10.1038/s41598-019-48191-4 ]

【著者】Phuong Ngoc Nguyen(大阪大学、博士後期課程(当時)、現 ベトナム物質科学研究所 研究員),Hiroshi Watanabe(渡邊浩、大阪大学、助教),Yusuke Tamaki(玉置悠祐、東京工業大学、助教),Osamu Ishitani(石谷治、東京工業大学、教授),Shin-ichi Kimura(木村真一、大阪大学、教授)  

 

この研究は、文部科学省国家課題対応型研究開発推進事業「光・量子融合連携研究開発プログラム」の研究課題「レーザー・放射光融合による光エネルギー変換機構の解明」および科学研究費補助金基盤研究 C(18K04836) の補助を受け行われました。

  

用語解説

※1  人工光合成

植物が葉緑体内で行う光を用いて二酸化炭素を還元することで化学エネルギーを作り出す過程を人工的に行うこと。光を電気に変換する太陽電池に比べ、安定な高エネルギー物質へと変換するため、貯蔵・運搬の面で優れている。

 

※2  光触媒

光を吸収して触媒作用を示す物質。通常では起こらないような反応を常温で起こすことができる。有名な光触媒は酸化チタンなど。光合成も天然の光触媒反応である。

 

※3  テラヘルツ(THz)光

波長が約30 μm~3 mmの光で赤外線と電波の間の性質をもつ光。X線などの放射線と同様に透過性能が高いが人体への影響が少なく安全なため、医療や薬学、セキュリティなどの分野への応用が期待されている。

 

※4  全反射分光法

光が境界で全反射した時にしみだすエバネッセント光といわれる光を用いた分光。本研究では図1に示すような逆三角形のシリコンプリズムに光を入射させ、屈折により曲がった光がプリズム上部に当たり全反射した時に出るエバネッセント光を、液体試料と反応させた。実際に液体試料内部を光が通らないため、吸収の強い試料の測定に向いている。

 

※5  パルスレーザー

連続的ではなくパルス的に短い時間だけ発光するレーザー。本研究では、50フェムト(10-15)秒の時間だけの発光が1秒間に1000回発生するパルスレーザー装置を用いた。

 

※6  ポンプ・プローブ分光法

パルスレーザーを二つ用い、最初の光で物質に変化を起こした後、少し遅らせた二発目の光でその変化を観測する方法。二つの光の時間間隔を少しずつ変えて何度も観測することで、光による物質の変化をフェムト秒からピコ秒の時間スケールで知ることができる。

 

※7  クーロン反発

正と正もしくは負と負の電荷を帯びた物の間に働く反発力を用いて遠ざかること。正と負の電荷の場合は逆に引力となる。