関連データ・研究者

発表のポイント

  • 弱い圧力で瞬時に熱を放出できる、新しい蓄熱材料を開発しました。
  • 本研究で開発したブロック型ラムダ五酸化三チタンは、長時間熱エネルギーを蓄えることができ、必要なタイミングで、弱い圧力を加えるだけで、熱を取り出すことができる蓄熱セラミックスです。
  • ブロック型ラムダ五酸化三チタンは、自動車の熱エネルギーを有効利用して初動時などの燃費向上につながる蓄熱材料や、太陽熱発電所の蓄熱システムとしての応用が期待されます。 


発表概要

東京大学大学院理学系研究科化学専攻の大越慎一教授らの共同研究グループは、長期間熱エネルギーを蓄えることができ、弱い圧力を印加することにより蓄熱エネルギーを取り出すことのできる高性能な蓄熱セラミックスを見出しました。開発された蓄熱セラミックスは、ラムダ型五酸化三チタンと呼ばれる結晶構造で、粒子がブロック型形状を取ることから、ブロック型ラムダ五酸化三チタン(Block-type λ-Ti3O5)と名付けられました(注1)。このブロック型ラムダ五酸化三チタンの蓄熱量は、固体-液体相転移物質に匹敵する237 kJ L−1という大きな値です(水の融解熱の約70%、エチレングリコールの融解熱の約140%)。開発した蓄熱セラミックスの最大の特徴は、弱い圧力を加えることでベータ五酸化三チタン(注2)への相転移を誘起することにより、蓄えた熱エネルギーを放出することができることです。圧力誘起相転移は数メガパスカル(MPa)からはじまり、7 MPa (70気圧)でラムダ構造の割合が半分まで減ります。70気圧という圧力は、市販の7 m3圧力ボンベの圧力の半分程度であり、固体における圧力誘起相転移においては最も弱い圧力です。このような長期エネルギー保存と、低圧力印加による熱放出が一つの材料で実現できた理由は、二つの安定相(ラムダ型構造とベータ型構造)を持つことと、その二つの相の間に適切な低いエネルギー障壁が存在することに由来しています。


長期的なエネルギー保存が可能な蓄熱材料は、不要な排熱を吸収して熱エネルギーとして再利用する部材としての活用が期待されています。特に自動車においては、運転中に放出されてしまう熱エネルギーを有効に活かして燃費を上げるため、エンジンやマフラーなどの部品周りへ装着が期待されていますが、実装可能な圧力機構という観点から、10 MPa以下の圧力で放熱できることが望ましいとされています。本研究で開発した蓄熱セラミックスは、自動車用の蓄熱材料として有効であると期待されます。また、本材料は、長期潜熱蓄熱と顕熱蓄熱の両方の特性を備えているため、太陽熱発電所の蓄熱システムに有用であることが期待されます。

 

発表内容

乗用車、トラック、バスなどの自動車は、エンジンで燃料を燃焼させて得られる熱エネルギーを利用して動力を得ています。エンジンをかけると、まず熱エネルギーを使って内部システムを適切な温度に温め、運転ができる状態にします。一方で、運転中には熱エネルギーが過剰に発生するため、大気中に放出されています。もし、運転中に発生する熱エネルギーを蓄えておき、エンジンを再始動するときに使用できれば、燃費が向上することが期待されます。一般に熱エネルギーを蓄積できる材料は蓄熱材料と呼ばれ、顕熱蓄熱材料および固液潜熱蓄熱材料に大別されます。顕熱蓄熱材料にはレンガとコンクリートが、固液潜熱蓄熱材料は水やパラフィン、ポリエチレングリコールが含まれます。ただ、いずれの材料も時間が経つと蓄積した熱エネルギーは徐々に放出されてしまいます。


本研究グループは、ラムダ五酸化三チタンに注目しました。ラムダ五酸化三チタンは、大越教授が見出した酸化チタンの新物質で、熱エネルギーを蓄えることができ、圧力を加えると取り出すことができます。従来の物質では、このような蓄熱・放熱は見られません。ラムダ五酸化三チタンは、新しいタイプの蓄熱材料であり、潜在的なニーズがあることを明らかにしました。一方、蓄積された熱エネルギーを取り出すための圧力が10 MPa(100 bar)未満であると、適用できる用途が広がると考えられます。


本研究では、低圧応答性の蓄熱セラミックスの開発に取り組みました。ルチル型二酸化チタンを水素雰囲気下で高温焼成(1300℃で2時間)することにより合成を行いました。得られた試料は、一辺がサブマイクロメートルのブロック状の結晶であったので、本材料をブロック型ラムダ五酸化三チタン(ブロック型λ-Ti3O5)と呼びます(図1)。



図1:ブロック型ラムダ五酸化三チタン(block-type λ-Ti3O5)の結晶構造と形状。(a) ブロック型ラムダ五酸化三チタンのb軸方向(左)およびc軸方向(右)から見た結晶構造。(b) 透過型電子顕微鏡像(左)と格子縞を示した拡大図(右)。挿入図はフーリエ変換像とそれに対応する格子の原子位置。

 

ブロック型ラムダ五酸化三チタンは、低圧でベータ五酸化三チタンへ圧力誘起相転移を示すことが分かりました。ラムダ構造からベータ構造への相転移は数十気圧で始まり、70気圧(7 MPa)でラムダ構造の割合は半分まで減ります(図2a)。70気圧という圧力は、市販の7 m3圧力ボンベの圧力の半分程度であり、固体における圧力誘起相転移においては最も弱い圧力です。サーモグラフィーを用いて圧力誘起相転移中の試料の温度変化を測定すると、試料をハンマーで打った瞬間(67ミリ秒未満)に、温度が26.8°Cから85.5°Cまで上昇することが観察されます(図2b、3)。



図2:ブロック型ラムダ五酸化三チタンの圧力変化と圧力誘起の放熱。(a) ラムダ相(●)およびベータ相(○)の相分率の圧力依存性。(b) サーモグラフィーで取得した、圧力印加による試料温度の時間依存性。圧力は時間t = 0で与えている。

 


図3:ブロック型ラムダ五酸化三チタンに圧力印加した後のサーモグラフィー画像の時間変化。圧力は時間t = 0で与えている。試料温度は最高温度85.5 ºCまで到達した。

 

その後、温度は減衰時間1.7秒で指数関数的に低下しました。この実験からは、圧力によって235±7 kJ L−1の熱エネルギーが放出されたと推定されました。また、示差走査熱量計を用いて、蓄熱温度と蓄熱エネルギー量を測定したところ、471 K(198°C)まで加熱すると、ベータ構造からラムダ構造へと転移して、237 kJ L−1の熱量を蓄えることが分かりました。室温まで冷却しても放熱は観察されず、熱エネルギーが蓄えられたことが示唆されました。今回観測された、ブロック型ラムダ五酸化三チタンの長期蓄熱特性と低圧における蓄積熱エネルギーの放出は、この物質が双安定性(ラムダ構造とベータ構造)を持っており、2つの相の間にエネルギー障壁が存在することに起因しています。熱力学計算により、弱い圧力でエネルギー障壁が消失するために、ラムダ構造はベータ構造に変化し、蓄積された潜熱エネルギーを放出することが示唆されました(図4)。



図4:統計熱力学計算に基づく圧力誘起相転移のメカニズム。(a) 圧力が0.1 MPa(上)および30MPa(下)の場合におけるラムダ相分率(x)の温度依存性。計算は降温過程および昇温過程について行い、ΔH = 13.7 kJ mol−1, ΔS = 34.6 J K−1 mol−1, γb = −2.4 J K−1 mol−1, and γc = −0.12 kJ MPa−1 mol−1の条件下で行なった。なお、γa値は12.88 kJ mol−1を中心とする正規分布を有すると仮定した。(b) 300 Kにおけるxの圧力依存性曲線。

 

今回、ブロック型ラムダ五酸化三チタンという新しい蓄熱セラミックスを報告しました。この材料は、長期間にわたって熱エネルギーを保存し、低圧印加によって熱エネルギー放出を示します。ブロック型ラムダ五酸化三チタンは237 kJ L−1の大きな潜熱エネルギーを蓄積することができます。この蓄熱エネルギーは、例えば水(320 kJ L−1)、パラフィン(140 kJ L−1)、およびポリエチレングリコール(165 kJ L−1)のような固体-液体相転移材料の潜熱エネルギーと同程度です。ブロック型ラムダ五酸化三チタンに蓄積された熱エネルギーは、わずか数MPa~7 MPaの弱い圧力を加えることで取り出すことができます。蓄熱セラミックスは、自動車の再始動時に冷却された内部システムを暖めることができるため、エンジンおよびマフラーの近くの自動車部品に有用であると期待されます(図5a)。他には、太陽熱発電所の蓄熱材としての応用展開が期待されます(図5b)。本材料は、長期潜熱蓄熱と顕熱蓄熱の両方の特性を備えているため、太陽熱発電所の蓄熱システムに有用であることが期待されます。



図5:ブロック型ラムダ五酸化三チタンの応用例。(a) ブロック型ラムダ五酸化三チタンの自動車への応用例。蓄熱材料の使用箇所:燃焼室、クランクシャフト、マフラー。(b) ブロック型ラムダ五酸化三チタンの太陽熱発電所への応用例。(i)日中は太陽熱を用いて発電し、蓄熱セラミックスが導入された蓄熱タンクにおいて熱を蓄える(ベータ相→ラムダ相)。(ii)夜間は、蓄熱タンク中の蓄熱セラミックスに圧力を印加し、日中に蓄えた熱を取り出す(ラムダ相→ベータ相)。

 

発表雑誌

雑誌名 Scientific Reports

論文タイトル Low-pressure-responsive heat-storage ceramics for automobiles

著者 Shin-ichi Ohkoshi*, Hiroko Tokoro, Kosuke Nakagawa, Marie Yoshikiyo, Fangda Jia, and Asuka Namai

DOI番号 10.1038/s41598-019-49690-0

論文URL https://doi.org/10.1038/s41598-019-49690-0 


用語解説

注1 ブロック型ラムダ五酸化三チタン(block-type λ-Ti3O5)

ラムダ五酸化三チタンは2010年に大越慎一教授らにより発見された新種の結晶構造をもった酸化チタン材料で[Nature Chemistry, 2, 539 (2010)]、近年、蓄熱セラミックスという新概念を提案している[Nature Communications, 6, 7037 (2015)]。金属的な性質を示す。今回見つかった物質は、ブロック状の形状をもったラムダ五酸化三チタンである。


注2 ベータ五酸化三チタン (β-Ti3O5)

従来から知られている五酸化三チタンの茶色い結晶相で、半導体的な性質を示す。