関連データ・研究者

発表者:

浦野 泰照 (東京大学大学院薬学系研究科 薬品代謝化学教室 教授/大学院医学系研究科生体物理医学専攻 生体情報学分野 教授(兼担))

神谷 真子 (東京大学大学院医学系研究科 生体物理医学専攻 生体情報学分野 准教授)

千葉 真由美(東京大学大学院医学系研究科 生体物理医学専攻 生体情報学分野 博士課程)


発表のポイント:

  • 【成果の概要】レポーター遺伝子の一つである LacZ をもつ細胞(LacZ 発現細胞)のみを特異的に死滅させる新規光増感剤を独自の分子設計に基づき開発しました。
  • 【新規性】開発した試薬そのものは光毒性を持ちませんが、 -ガラクトシダーゼとの反応により光毒性を示す分子に変換され、さらに光を照射することで生きた組織・生体内における LacZ 発現細胞のみを一細胞レベルで死滅させることが可能です。
  • 【社会的意義/将来の展望】今後、開発した光増感剤を用いることで、遺伝学などの生命科学研究や癌治療の発展に寄与すると期待されます。


発表概要:

光増感剤とは、光照射により活性酸素種を産生し、細胞死を誘導することができる分子です。東京大学大学院薬学系研究科/医学系研究科(兼担)浦野泰照教授らの研究グループでは、LacZというレポーター遺伝子によりコードされたβ-ガラクトシダーゼという酵素を利用し、LacZ発現細胞を1細胞レベルでの細胞死誘導が可能な光増感剤の開発に成功しました。これまでに、LacZ 発現細胞を標的とした光増感剤が開発されてきましたが、酵素反応生成物が細胞外に漏出するために細胞死誘導の標的選択性に課題がありました。今回開発した光増感剤は LacZ 発現細胞のβ-ガラクトシダーゼと反応することで細胞内の分子と結合し、酵素反応生成物が標的細胞の外へと漏出しない分子設計により、1 細胞レベルでの細胞死誘導が可能です。開発した光増感剤を用いることで、培養細胞のみならず生きているショウジョウバエの蛹の生体内においても LacZ 発現細胞のみを死滅させることに成功しました。

本光増感剤を用いることで、今後生命現象の解明や癌治療に役立つことが期待できます。


発表内容:

細胞の機能を解明する上で、生体内における特定の細胞を選択的に死滅させることができる技術は重要です。特に、光増感剤(注1)を利用した細胞死誘導では、光照射範囲や時間を制御することで任意の場所やタイミングで細胞死を生じさせることができます。標的細胞選択的に細胞死を誘導できる光増感剤として、酵素活性を化学スイッチとして利用した光増感剤があります。このような光増感剤は標的細胞で発現している酵素と光増感剤が反応し、分子の化学構造が変化するよう分子設計されています。酵素反応前は光照射をしても活性酸素種を産生しませんが、酵素との反応後に分子構造が変わると光照射によって活性酸素種を産生し細胞死を誘導します。このような仕組みに利用できる酵素の一つとして、レポーター遺伝子(注2)でコードされた酵素があります。最も汎用されているレポーター遺伝子の一つが LacZ であり、大腸菌由来の -ガラクトシダーゼという酵素をコードしています。当研究グループではこれまでに、この -ガラクトシダーゼを光増感剤の化学スイッチに利用し、LacZ 発現細胞の細胞死誘導が可能な光増感剤 HMDESeR- Gal を報告しました。この分子は -ガラクトシダーゼとの酵素反応前には光照射を受けても活性酸素種を生成しませんが、酵素反応により分子構造が変化すると、光照射により活性酸素種を生成し、LacZ 発現細胞の細胞死を誘導することが可能です。一方で、酵素反応生成物が LacZ 発現細胞から漏れ出てしまうため、標的細胞と非標的細胞が近接している場合には、非標的細胞の細胞死も誘導されてしまうという課題がありました。そこで、LacZ 発現細胞のみを1細胞レベルで選択的に細胞死誘導することが可能な光増感剤の開発が求められていました。


そこで本研究グループは今回、 -ガラクトシダーゼとの酵素反応により求電子性(注3)の中間体が産生するするよう分子を設計することで、生体内において LacZ 発現細胞のみを1細胞レベルで選択的に細胞死誘導する光増感剤の開発に成功しました。具体的には、本研究グループでこれまでに開発した -ガラクトシダーゼ活性を一細胞レベルで検出可能な蛍光プローブ(注4)SPiDER- Gal の分子設計を参考に、HMDESeR- Gal の構造修飾を行うことで、LacZ 発現細胞の選択的な細胞死を誘導する光増感剤 SPiDER-killer- Gal を開発しました。


SPiDER-killer- Gal は、 -ガラクトシダーゼとの反応により初めて活性酸素種を産生可能な光増感剤構造になると同時に、細胞内の求核基(注5)をもつタンパク質などの分子に結合するため、細胞外へ漏出せず、標的細胞選択的な細胞死誘導が可能になりました(添付資料)。


実際に、SPiDER-killer- Gal を、LacZ を発現している細胞(HEK/lacZ(+)細胞)と発現していない細胞(HEK293 細胞)を共培養した系に使用し、光照射を行って観察したところ、LacZ 発現細胞のみでアポトーシスの指標となる形態変化が認められ、細胞死が生じることが確認されました。このとき、LacZ 発現細胞の近傍に存在する HEK293 細胞では細胞死はみられず、細胞死が1細胞レベルで生じていることが確認されました。さらに、本光増感剤が生体内においても1細胞レベルでの標的選択的な細胞死誘導が可能か検証するため、遺伝学でのモデル生物として汎用されているショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の蛹での実験を行いました。具体的には、蛹に対して SPiDER-killer- Gal を投与し、光照射を行って顕微鏡での観察を行ったところ、生体内においても LacZ 発現細胞が選択的に死滅していると同時に、死滅している細胞に隣接した細胞では細胞死は認められず、1 細胞レベルでの細胞死誘導が生じたことが確認されました。


このように、今回開発した光増感剤 SPiDER-killer- Gal は、生体内・組織における細胞の機能解明を目的とした様々な生物学実験へと応用が可能であると考えられます。さらに、SPiDER-killer- Gal の標的酵素である -ガラクトシダーゼは一部のがんでの発現亢進が知られていることから、光照射と光増感剤を利用した光線力学療法(注6)にも役立つことが期待されます。


本研究は、科学研究費助成事業 基盤研究(A)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出」、および科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「統合 1 細胞解析のための革新的技術基盤」研究領域の一環で行われました。また、東京大学大学院薬学系研究科 遺伝学分野 三浦正幸教授との共同研究の成果です。


発表雑誌:

雑誌名:「ACS Central Science」(8 月 26 日オンライン版)

論文タイトル:Activatable Photosensitizer for Targeted Ablation of lacZ-Positive Cells with Single-Cell Resolution

著者:Mayumi Chiba, Mako Kamiya*, Kayoko-Tsuda Sakurai, Yuya Fujisawa, Hina Kosakamoto, Ryosuke Kojima, Masayuki Miura, Masaharu Noda, Masayuki Miura andYasuteru Urano*


用語解説:

(注1)光増感剤

光照射により一重項酸素などの活性酸素種を産生し、分子の周囲の環境に酸化ストレスを与えることで細胞死を引き起こす分子のこと。

(注2)レポーター遺伝子

観測したい遺伝子の発現(転写・翻訳を経て遺伝子がコードするタンパク質が生成すること)を追跡するために使用される遺伝子のことで、蛍光タンパク質や -ガラクトシダーゼなどの酵素をコードした遺伝子が使用される。

(注3)求電子性

反応する対象となる化学種がもつ電子を受け取る性質。

(注4)蛍光プローブ

観測標的分子と結合・反応して蛍光特性(波長・蛍光強度)が変化する機能性分子のことで、大きく分けて蛍光タンパク質ベースのもの、小分子ベースのものが開発され、生物学的研究ツールとして幅広く利用されている。蛍光プローブを用いることで、標的分子の生成する場所やタイミングを生きた細胞でリアルタイムに検出することができる。

(注5)求核基

電子を豊富に有し、電子不足の化学種に電子を与える官能基。

(注6)光線力学療法

光増感剤と光照射を利用した治療法のこと。患者に光増感剤を投与し、がんなどの病変部位に光照射を行い活性酸素種を産生させることで、病変細胞を死滅させる治療法である。


添付資料:


1 細胞レベルで標的細胞の細胞死誘導が可能な光増感剤の開発

a) LacZ 発現細胞の選択的な細胞死誘導が可能な光増感剤 SPiDER-killer- Gal 。 -ガラクトシダーゼとの反応前は光毒性を示さないが、 -ガラクトシダーゼとの反応により光増感能が回復するとともに細胞内蛋白質などにラベル化されることで、LacZ 発現細胞の選択的な細胞死誘導が可能である。

b) LacZ を発現している細胞(HEK/lacZ(+)細胞:青色)と発現していない細胞(HEK293 細胞:緑色)の共培養系に SPiDER-killer- Gal を適用し、光照射を行ったところ、LacZ 発現細胞のみで形態変化および細胞死が生じた。スケールバーは 50 マイクロメートル。