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概要

京都大学ウイルス・再生医科学研究所飯田敦夫助教(研究当時、現:名古屋大学助教)を筆頭とする東洋大学、大阪大学、東北大学、名古屋大学、城西大学の共同研究グループは、グーデア科胎生魚注1)Xenotoca eiseni(和名:ハイランドカープ)において、卵黄栄養タンパク質であるビテロジェニンが、母親からお腹の子供に供給されていることを実証しました。ヒトを含む胎生哺乳類注2)では、ビテロジェニンは遺伝子レベルで失われて注3)います。つまり、胎生魚類が哺乳類とは違う仕組みでお腹の子供を育てることが示唆されました。胎生は魚類でも哺乳類でも、「赤ちゃんを産む」という点で同一の生命現象に見えますが、働いている遺伝子やお腹で子を育てる仕組みには多様性があると考えられます。




本研究成果は、2019年10月9日付け国際学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」にオンライン掲載されました。




1.背景

胎生とは、母親がお腹の中で子供を育ててから出産する繁殖様式です。哺乳類の大部分が胎生であることはよく知られていますが、実は魚類、両生類、爬虫類にも胎生種が存在しています。進化の道のりで哺乳類とは別に胎生を獲得した彼らが胎盤やへその緒を持つことは稀で、哺乳類とは違った仕組みで妊娠し、お腹の子供を育てていると考えられています。一方で、この分野の研究者人口は少なく、母親がお腹の子に与える栄養素についても明確な実験的な証明はありませんでした。そこで我々の研究グループでは、胎生魚の中でも小型で飼育や繁殖が容易なカダヤシ目グーデア科に属するX. eiseniを用いて、哺乳類以外の胎生動物の妊娠の仕組みを調べることを思い立ちました。


2.研究手法・成果

グーデア科胎生魚は妊娠すると卵巣内で子供を育てるため、卵巣内に存在する栄養物質を有力な候補としてピックアップしました。特に、ビテロジェニンは卵が持つ卵黄栄養の主要な要素であり、妊娠中の卵黄に供給可能なタンパク質として注目しました。ビテロジェニンの遺伝子発現とタンパク質の分布を調査したところ、妊娠中のメスでも肝臓でビテロジェニンを合成していて、子供のいる卵巣に供給していることが明らかになりました。次に、卵巣内部の液体成分を解析したところ、ビテロジェニンタンパク質が豊富に含まれることが分かりました。そこで、蛍光で標識したビテロジェニンタンパク質を妊娠メスに投与したところ、卵巣内の子供の栄養供給組織の内部まで運搬されることが判明しました。以上の結果から、グーデア科胎生魚X. eiseniにおいて、ビテロジェニンが母体から子へと供給される物質の一つであることが分かりました。


ビテロジェニンは胎生哺乳類では遺伝子レベルで失われており、哺乳類の妊娠では栄養素として使われていません。したがって、本研究成果は、魚類が哺乳類とは異なる方法で胎生を獲得したことを示唆します。


3.波及効果、今後の予定

本研究成果は見方を変えると「魚類の受精卵がビテロジェニンを含む閉鎖環境で稚魚まで成長できる」ことを示唆しています。新しい培養法として、繁殖が難しい魚種の飼育方法の改良などに繋がれば、今よりも少しだけ住みよい社会の実現に貢献できると考えています。また、現時点ではグーデア科胎生魚を扱う国内研究者が筆頭著者の飯田しかいないため、本研究を契機にもう少し普及してくれることを期待しています。


4.研究プロジェクトについて

本研究プロジェクトはクラウドファンディング(アカデミスト:https://academist-cf.com/)からの寄附金により実施されました。若手研究者有志による「ユニークな少数派実験動物を扱う若手が最先端アプローチを勉強する会(ユニーク会)」を中心に協力者を募り、荒井宏行氏(京都大学)、染谷友美子氏、井ノ口繭博士(東洋大学)、小沼健博士(大阪大学)、横井勇人博士、鈴木徹博士(東北大学)、本道栄一博士(名古屋大学)、佐野香織博士(城西大学)との共同研究として実施しました。


<飯田助教からのコメント>

本研究は「変わった生き物で、変わった現象を見つけた」ことに加え「これまで人類が知らなかったことを一つ、知識として新たに積み上げた」ことに大きな意義があると考えています。卵黄タンパク質であるビテロジェニンは、鶏卵の黄身にも含まれています。この身近な物質が、使い方ひとつで生物の形質に劇的な変化をもたらした可能性があるわけです。ロマンしか感じません。私はこのようなストイックな探求を続けながらも、いつの日か社会に貢献するブレイクスルーを見いだせれば、研究者冥利に尽きると考えています。


<用語解説>

注1)グーデア科胎生魚:カダヤシ目グーデア科にはエムペトリクティス亜科(2属4種)とグーデア亜科(16属36種)が含まれる。北アメリカに住むエムペトリクティス亜科は全て卵生で繁殖し、メキシコに住むグーデア亜科は全て胎生であることが知られている。本研究ではグーデア亜科に属するXenotca eiseni(ハイランドカープ)を研究材料としている。

注2)胎生哺乳類:哺乳類の中でもカモノハシやハリモグラなどの単孔類は卵生で繁殖する。胎盤を獲得した真獣類と有袋類を胎生哺乳類と呼ぶ。

注3)遺伝子レベルで失われている:「遺伝子の発現抑制」や「タンパク質の分泌制御」などではなくゲノム情報の大元を失ってしまったため、胎生哺乳類がビテロジェニンを使用する可能性は万に一つも無い、という意味。


<論文タイトルと著者>

掲載誌:米国科学アカデミー紀要(PNAS:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)

タイトル:Mother-to-embryo vitellogenin transport in a viviparous teleost Xenotoca eiseni(胎生魚Xenotoca eiseniにおけるビテロジェニンの母子間輸送)

著者:Atsuo  Iida,  Hiroyuki  N.  Arai,  Yumiko  Someya,  Mayu  Inokuchi,  Takeshi  A.  Onuma,  Hayato  Yokoi,  Tohru Suzuki, Eiichi Hondo, and Kaori Sano.

DOI:10.1073/pnas.1913012116