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概要

「目上の人・目下の人」(英語では例えば high-status person, low-status person)という表現やオリンピック・パラリンピック競技大会などで表彰台の高いところには勝者が立つなどというように、私たちはしばしば社会的な優位性や地位(上下関係)を空間位置で表現します。しかし、このような優位性関係と空間的位置の結びつきはいつ、どのように獲得されるのでしょうか?たとえば、言語学習や社会的な経験の過程で獲得されるものなのでしょうか?

 

京都大学大学院教育学研究科 孟憲巍 外国人特別研究員(研究当時、現:同志社大学赤ちゃん学研究センター特任助教)、森口佑介 同准教授、九州大学大学院人間環境学研究院 橋彌和秀 准教授らのグループは、まだ言葉の話せない1歳の赤ちゃんが、高い場所に立つ者が低い場所に立つ者に負ける場面を見ると驚くような行動を示す実験結果から、乳児が空間的に上にいる者が社会的に優位であることを期待する可能性を示しました。このことは、優位性関係と空間的位置の結びつきが発達(人生)の初期に見られることと、特定の語彙や社会的経験に依存しない可能性を示唆します。

 

本研究成果は、2019 年 10 月 9 日に国際学術誌「Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences」にオンライン掲載されました。




1.背景

個体間に優位性関係が存在するような社会的構造は動物界で広く観察され、組織や集団の安定に一定の機能を果たしていると考えられます。ヒトも、日常的に自分と他人もしくは他人同士の優位性関係を考慮したうえで社会的にふるまいます。例えば、相手が目上の人か目下の人かによって、その人に対する関わり方を変えることなどがよくあります。しかし、そもそも優位性関係の概念はいつ、どのように獲得されるのでしょうか?

 

これまでの人類学や認知科学の知見から、成人と幼児では優位性関係が空間的位置関係によって表象されることが示されています。例えば、「目上の人」、「目下の人」、「high-status」、「low-status」などの言語的表現が文化を超えて見られます。また、ピラミッド型的な組織では社会的地位が空間的位置と対応することも広く見られます。実験的研究によれば、5歳頃から、強い個体(例えばライオンの写真)が弱い個体(例えば猫の写真)の上に提示される場合では、その逆の場合と比べて、それらの個体の優位性関係の判断がされやすくなることがわかっています。つまり、個体間の優位性関係と空間位置関係とが対応する場合(高い位置=高い立場)では、対応しない場合より、関係性に関する認知的処理が行われやすいことです。子どもでも、優位性関係と空間的位置を結びつけているということです。

 

では、優位性関係と空間的位置の結びつきはいつ、どのように獲得されているのでしょうか?有力な仮説のひとつとして、その結びつきが言語学習の過程で獲得されているというものがあります。まさに「上下関係」のように、我々は日常的に優位性関係と空間的位置の結びついた表現を使用している・聞かされているために、この結びつきが獲得されたという考えです。しかし、最近の研究によれば、優位性関係を評価する能力が生後一年目にすでに見られることがわかっています。例えば体の大きなキャラクターが体の小さなキャラクターに倒されて負ける場面を見ると 10 ヶ月の赤ちゃんも驚くようです(参考論文:Thomsen et al., 2011, Science誌)。研究チームは,このような知見を考慮して、言語獲得する以前の赤ちゃんでもすでに優位性関係と空間的位置を結びつけている可能性があると考えました。

 

2.研究手法・成果

本研究では、生後12―16ヶ月児を対象として、優位性関係と空間的位置の結びつきが見られるかどうかについて実験的に調べました。具体的には、赤ちゃんが、空間的に上にいる個体が、下にいる個体より優位であることを期待(予測)するかを調べました。実験では、二つのキャラクターが同時に画面上の高いと低い場所に出現する場面を繰り返して提示したあと、キャラクターらがひとつの魅力的なものを取り合い、結果的にはどちらか一方がそのものを手にいれる動画を乳児に見てもらいました(図1)。

 


図1. 動画の流れ


赤ちゃんが動画をどのくらい見たかを視線計測装置やビデオカメラで計測したうえで解析しました。もし赤ちゃんが「上のキャラクター」が優位であると認識しているならば、「上のキャラクター」が「下のキャラクター」に負ける結末、つまり、ものが「下のキャラクター」にとられる結末を見た際に、赤ちゃんが驚いて(飽きずに)画面に対して(その逆の場面と比べて)より長い注視時間を示すと予測されます。このロジックに基づいた研究法が「期待違反法」と言われ、特に赤ちゃんを対象とした研究では広く使われています。

 

実験1では、事前調査で大人にわかりやすかった表彰台のような台を用いてキャラクターの空間位置関係を提示しました。その結果、赤ちゃんが「上のキャラクター」が「下のキャラクター」に負ける結末を見たあとに(その逆の結末を見たときと比べて)、画面に対してより長い注視時間を示しました(図2-右-実験1)。また、赤ちゃんの月齢や、性別、個人差といった参加者の属性や、キャラクターの色、勝ち負けの順番などといった動画の属性は、結果に関係しませんでした。つまり、「上のキャラクター」が「下のキャラクター」に負ける結末を見たあとの長い注視時間は、その結末が「上のキャラクターが優位であり勝負に勝つだろう」という赤ちゃんの期待に反したことから生じるものだという可能性が高いと考えられます。

 


図 2. 空間位置提示の方法(左)と結果(右)


そして、実験1の結果が信頼性の高いものか、それともたまたま得られたものか(近年、特に乳幼児を対象とした心理学研究の結果が安定しないという指摘がなされています)を検討するために、実験2と実験3を行いました。実験2では、ふたつのキャラクターを互いに真上、真下になるように提示することで、より純粋に上下位置関係の効果を調べました(図2-左-実験2と3)。実験3では、実験2を別の実験環境(例えばより大きなモニター)で検討しました。その結果、全ての実験において、赤ちゃんは「下のキャラクター」が負ける結末をより長く見ていました(図2-右)。総じて、赤ちゃんが、空間的に上にいる個体が、下にいる個体より優位であることを期待(予測)することが明らかになりました。

 

3.波及効果、今後の予定

自分と他者や他者同士の優位性関係を判断したうえで行動することは、(そのこと自体の良し悪しとは別に)社会関係を円滑にする上で一定の機能を果たしています。今回の研究は、社会的経験も言語的経験も少ない1歳の赤ちゃんも空間的位置関係に基づいて優位性関係を判断することを明らかにしました。優位性関係と空間的位置の結びつきが前言語期の赤ちゃんにも見られるという本研究の結果は、その結びつきが言語を介して獲得されるものだという仮説に疑問を投げかけることになります。今後は、より低い月齢の赤ちゃんの反応様式を調べることや、ヒト以外の種に関する認知傾向を踏まえた考察を通して、優位性関係の判断が生得的に近いものなのか、それとも生後の経験によるものなのかを検討する予定です。また、それらの判断を行う際の脳活動を調べることで、ヒトの社会的な認知を支える生物的な基盤を検討していく予定です。

 


実験風景©︎ 2019 Kimiko Uenoyama

  

4.研究プロジェクトについて

〇文科省科研費基盤研究(No. 18H01083, 代表:森口佑介)

〇文科省科研費新学術領域研究(公募)(No.18H04200, 代表:橋彌和秀)

〇文科省科研費基盤研究(No.19H04431, 代表:橋彌和秀)

 

<論文タイトルと著者>

タイトル:Space and rank: Infants expect agents in higher position to be socially dominant.

(空間と序列:乳児が高い場所に立つ者に社会的優位性を帰属する)

 

著者:孟憲巍・中分遥・新田博司・橋彌和秀・森口佑介

 

掲 載 誌:Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences

 

DOI:10.1098/rspb.2019.1674