関連データ・研究者

【発表のポイント】

  •  国の指定難病である肺動脈性肺高血圧症注 1 について、病状が進行した患者に対する本質的な治療薬の開発が求められている。
  •  肺動脈性肺高血圧症患者の由来の培養細胞を用いて化合物ライブラリーを探索した結果、催吐薬の主成分として知られるエメチン注 2 を同定した。
  •  エメチンは、炎症抑制作用や酸化ストレス注 3抑制作用を持ち、肺高血圧症モデル動物で顕著な治療効果を示すことを発見した。

 

【研究概要】

東北大学 大学院医学系研究科 循環器内科学分野の下川 宏明(しもかわ ひろあき)教授、佐藤 公雄(さとう きみお)准教授、Mohammad Abdul HaiSiddique 研究員の研究グループは、国の指定難病である肺動脈性肺高血圧症の新規治療薬を探索するため東北大学化合物ライブラリー5,562 種類の網羅的探索を行い、催吐剤の主成分であるエメチンが肺動脈性肺高血圧症に対して治療効果を示すことを世界に先駆けて発見しました。肺動脈性肺高血圧症の病因として、肺動脈の細胞(血管平滑筋細胞)が癌細胞のように増殖してしまうことが知られていますが、エメチンは肺動脈性肺高血圧症患者由来の細胞の増殖を抑制しました。さらに、エメチンが炎症抑制作用や酸化ストレス抑制作用を持ち、肺高血圧モデル動物において顕著な治療効果を示すことを確認しました。本研究により、根本的な治療薬のない肺動脈性肺高血圧症に対する臨床応用が期待されます。本研究は、東北大学大学院薬学研究科と協力して行われ、アカデミア創薬スクリーニングによる全く新しい肺高血圧症治療薬開発の一連の成果です。本研究成果は、9 月 19 日(米国東部時間、日本時間 9 月 20 日)に米国心臓協会(American Heart Association, AHA)の学会誌である Arteriosclerosis,Thrombosis, and Vascular Biology 誌(電子版)に掲載されました。

  

【研究内容】

肺動脈性肺高血圧症は、肺動脈壁の細胞が異常に増殖することで肺動脈が狭窄・閉塞し、心臓から肺に向かう肺動脈の血圧が高くなった結果、心臓(右心室と右心房)に過剰な負荷がかかり右心不全をきたして死に至る難病です。本疾患は治療抵抗性であることが多く、複数の薬を組み合わせた治療や、最終的には肺移植が必要となることもあります。特に、肺動脈性肺高血圧症の治療に現在用いられている内服薬は、狭くなった血管を拡張させ、血管抵抗を下げることにより肺動脈の血圧を下げる効果を狙ったもので、肺血管壁の異常な細胞増殖そのものを抑える根本的な治療薬は未だ実用化されていません。よって、肺動脈性肺高血圧症に対する全く新しい治療薬の開発が望まれています。

 

下川教授の研究グループは、東北大学大学院薬学研究科との共同研究により、東北大学に存在する独自の化合物ライブラリー5,562 種類を用いアカデミア創薬スクリーニングを実施しました(図 1)。肺動脈性肺高血圧症患者由来の異常な増殖性を示す肺動脈血管平滑筋細胞を用いて、細胞の増殖抑制を指標として治療薬候補の探索を行い、健常者由来の細胞には影響のない化合物としてエメチンを発見しました。エメチンが細胞増殖抑制にどのように作用するか詳細に解析したところ、抗炎症作用や酸化ストレス抑制作用があることを発見し、これらの結果として患者由来細胞の異常増殖を抑制することを明らかにしました。興味深いことに、エメチンは酸化ストレスを増幅するタンパク質(サイクロフィリン A とその受容体 basigin)の発現を抑制することで、優れた酸化ストレス抑制効果を示すことが確認されました。さらに、薬剤投与によって作成した肺高血圧モデルマウスやラットにエメチンを投与することで、肺高血圧が顕著に改善される治療効果を確認しました。

 

本研究の成果から、肺動脈性肺高血圧症が発症する本質的メカニズムである、肺動脈血管平滑筋細胞の異常増殖を治療標的とした、全く新しい切り口の治療薬の有効性が確認されました。今後、本研究に基づき、基礎研究から臨床応用へのトランスレーショナルリサーチを発展させ、肺動脈性肺高血圧症に対する新規治療薬の開発につながることが期待されます。本研究は、文部科学省科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業、および日本学術振興会科学研究費助成金の支援を受けて

行われました。

 

【用語解説】

注1. 肺動脈性肺高血圧症:心臓から肺に向かう肺動脈の内圧(血圧)が異常に上昇する疾患。肺動脈壁を構成する平滑筋細胞の異常増殖により血管抵抗が上昇し、肺動脈圧が上昇する。その原因は未解明な点が多く、国の指定難病に認定されている。

 

注2. エメチン:催吐薬及び抗原虫薬として用いられる薬品。トコンの根から抽出される。

 

注3. 酸化ストレス:反応性に富む活性酸素の産生と解毒のバランスが崩れた状態のこと。

  


図 1.スクリーニング方法

肺動脈性肺高血圧症患者由来の癌類似の増殖性を示す肺動脈血管平滑筋細胞に対して、ハイスループットスクリーニング機器を用いて 5,562 種類の化合物を添加し、化合物による増殖抑制能を評価しました。



図2. エメチンは肺高血圧モデル動物の肺動脈リモデリング(異常な壁肥厚)を抑制する

エメチンにより肺高血圧モデル動物を治療したところ、肺高血圧症の著しい治療効果が示されました。

 

【論文題目】

(英語)

Title: Identification of emetine as a therapeutic agent for pulmonary arterialhypertension -Novel effects of an old drug

 

Authors: Mohammad Abdul Hai Siddique, Kimio Satoh, Ryo Kurosawa, Nobuhiro Kikuchi, Md. Elias-Al-Mamun, Junichi Omura, Taijyu Satoh, Masamichi Nogi,Shinichiro Sunamura, Satoshi Miyata, Hirofumi Ueda, Hidetoshi Tokuyama, Hiroaki Shimokawa

 

(日本語)

論文タイトル:創薬スクリーニングによる肺動脈性肺高血圧症治療薬エメチンの発見

 

著者名:M.A.H. シディック、佐藤公雄、黒澤亮、菊地順裕、モハメド E. A.マムン、大村淳一、佐藤大樹、砂村慎一郎、野木正道、宮田敏、植田浩史、徳山英利、下川宏明

 

掲載誌名: Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2019 (in press). 

DOI: 10.1161/ATVBAHA.119.313309

URL: https://www.ahajournals.org/doi/abs/10.1161/ATVBAHA.119.313309