関連データ・研究者

研究成果のポイント

  1. ヒストンメチル化酵素SETD1Aの機能喪失変異が、統合失調症の認知機能障害の大きな原因となることを明らかにしました。
  2. SETD1Aのノックアウトマウスでは、統合失調症患者に見られる認知機能障害の一つである、作業記憶の低下が起こることが分かりました。作業記憶障害が起こると、注意力や推論、意思決定等に支障をきたします。
  3. 現在臨床治験中の白血病治療薬が、ノックアウトマウスの作業記憶障害を完全に回復させることを発見し、治療が難しい統合失調症の認知機能障害に対する治療薬開発への道を開きました。


国立大学法人筑波大学プレシジョン・メディスン開発研究センター(佐藤孝明センター長)向井淳教授らのグループは、コロンビア大学(米国)Joseph Gogos教授らとの共同研究において、クロマチン注1)制御の異常による新たな統合失調症発症のメカニズムを明らかにしました。

統合失調症は、陽性症状(妄想、幻覚や無秩序な思考)、陰性症状(社会的引きこもりや無気力) 及び、認知機能障害(記憶力・注意力・情報処理能力などの機能低下)によって定義される深刻な精神神経疾患です。従来の抗精神病薬は陽性症状には有効ですが、陰性症状や認知機能障害は長期の治療にも耐性があるため、患者の社会生活及び社会復帰を妨げます。認知機能障害に対する薬剤の開発は、統一病態生理の不在と複雑な遺伝学的構造により依然として困難です。

本研究グループは2014年に、統合失調症の高い発症リスクを持つヒストンメチル化酵素SETD1Aの機能喪失変異を発見しました。今回、SETD1Aをノックアウト(KO)したマウスを作製し、その行動解析から統合失調症患者と共通する認知機能障害のひとつである、作業記憶の障害を持つことを明らかにしました。作業記憶とは、例えば新しい電話番号を短い時間、頭に思い浮かべて電話をかける時のような、その場で情報を保持及び思い出すために使用される基本的な脳のプロセスです。作業記憶障害が起こると、推論や認識、意思決定等に深刻な影響を与え、日常生活に支障をきたします。作業記憶障害に対する治療効果のある化合物を探索した結果、現在白血病治療薬として臨床試験中の抗癌剤ORY-1001が、KOマウスの作業記憶障害を完全に回復させることを発見しました。これにより、治療の難しい統合失調症の認知機能障害の治療薬開発への道が開かれました。現在、統合失調症患者の治療に転用できるかどうかを検討しています。

また本研究グループは、次世代シーケンス技術を駆使して、SETD1Aがゲノムの非翻訳制御領域(エンハンサー)に結合し、ヒストン修飾・クロマチン再構成を通して特定の遺伝子発現を制御することを示し、SETD1A結合エンハンサーが多くの統合失調症リスク遺伝子と共通することを見出しました。SETD1Aの機能喪失変異を持つ人は統合失調症患者の0.1%以下と極わずかですが、同様のリスク遺伝子の発現異常を多くの統合失調症患者が持つ可能性があり、SETD1Aに固有の治療法は、統合失調症全体に対して広範な治療効果を与える可能性があります。

*本研究の成果は2019年10月9日付「Neuron」で公開されました。


研究の背景

精神障害の大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)注2)データにおける4,939の生物学的経路の中で、ヒストン3のリジン4残基(H3K4)メチル化は、最も強い統計学的リスクを示します1。知的障害及び自閉症を含む神経発達障害の症例には、H3K4メチル化を触媒するメチル化酵素(KMT) と脱メチル化酵素(KDM)の機能喪失レアバリアント注3)が複数見つかっており、精神障害の病因に対するH3K4メチル化の重要性を強調しています。ヒストンのメチル化は、ヒストンとDNAの複合体であるクロマチンの構造を変化させ、遺伝子発現の調節をします。しかしながら、ヒストン修飾の分子プロセスが、どのように疾患特異的な発症メカニズムに影響するのかについてはよく分かっていませんでした。そこで本研究グループは、統合失調症患者の全エクソーム解析(WES)注4)によって、KMTの一つであるSETD1A遺伝子の機能喪失レアバリアントを同定し、統合失調症発症リスクにおけるクロマチン制御因子の関与を初めて明らかにしました2。また、深い浸透率注5)(オッズ比35.2)を持つ統合失調症疾患モデルとしての重要性を示唆しました。その病原性を忠実に再現するマウスモデルは、疾患の病態生理学に対する理解を深めます。


研究内容と成果

ヒストンメチル化酵素SETD1AをノックアウトしたSetd1a+/-マウスでは、短期シナプス可塑性の変化とともに、神経細胞軸索末端の分岐数減少による、より疎な構造的結合性がみられ、行動解析からは、統合失調症患者と共通する認知機能障害の一つである、作業記憶の障害を持つことを見出しました。遺伝子操作によって、成体マウスのSetd1a遺伝子の発現量を正常レベルに戻したところ、作業記憶が機能するようになり、作業記憶の障害は大人のマウスで可逆的であることが分かりました。このことから、SETD1Aの機能喪失変異が、統合失調症の認知機能障害の大きな原因となることが明らかとなりました。

次に、作業記憶の障害に対する治療薬の探索のために、Setd1a+/-マウスの培養神経細胞に小分子化合物を加え、軸索分岐数をイメージ解析するスクリーニング法を開発し、その結果、SETD1A酵素活性に拮抗するヒストン脱メチル化酵素LSD1(幻覚剤LSDとは無関係)の阻害薬ORY-1001が、軸索分岐を正常に戻すことを発見しました。これを実際に3週間Setd1a+/-マウスに投与し、行動解析を行ったところ、作業記憶障害が完全に回復しました(参考図)。このメチル化酵素阻害薬は、現在、白血病の新規治療薬として、欧州で臨床試験中3のものですが、治療の難しい統合失調症の認知機能障害の治療薬開発にも道を開きました。

SETD1Aは神経細胞のヒストンをメチル化する酵素で、クロマチンの構造を変え、特定の遺伝子の発現量を制御します。ChIP-SeqやATTAC-Seq, scRNA-Seq等の次世代シーケンス技術を駆使し、解析した結果、SETD1Aは皮質神経細胞のゲノムの非翻訳制御領域(エンハンサー領域)に結合し、特定の遺伝子発現を制御していることが分かりました。さらにSETD1A結合エンハンサーは、統合失調症の多くのリスク遺伝子と共通することを見出しました。SETD1Aの機能喪失変異を持つ人は、統合失調症患者の0.1%以下とごくわずかですが、同様のリスク遺伝子の発現異常を多くの統合失調症患者が持つ可能性があり、SETD1Aに固有の治療法は、統合失調症全体に対して広範な治療効果をもたらす可能性があります。


今後の展開

今回見出したLSD1阻害薬ORY-1001は、白血病の新規治療薬として臨床治験中で、リポジショニング(治療目的の変更)が比較的容易にできるので、統合失調症への転用を検討中です。エピゲノム治療注6)における治療薬の開発において、KMTとKDMの酵素活性は高度に特異的で、効果的な薬理学的阻害剤および活性化剤の標的となります。本研究チームは、LSD1阻害薬以外にも複数の小分子化合物の異なる作用点を見出しており、薬理作用の異なる認知機能障害治療薬の開発を進めています。

今回の成果は精神疾患領域におけるプレシジョンメディシン(個別化医療、精密医療)の実現を加速します。筑波大学プレシジョン・メディスン開発研究センターでは、精神神経疾患の患者サンプルのWESや全ゲノム解析(WGS)を精力的に行っており、そこから得られる遺伝子バリアント、エピゲノム、遺伝子発現などの遺伝情報や、今回の発見のような遺伝子改変マウスの神経回路に基づいた認知行動解析から、より多くの各疾患責任遺伝子を同定し、それらのバリアントの臨床的意義付け(クリニカルアノテーション)のデータベースの構築を進めています。患者一人一人に最適化した革新的な診断・治療法の実現を目指しています。


参考図


図 本研究により解明した、統合失調症の認知機能障害が発症・回復するメカニズムWT(正常のマウス): 何かの刺激があるとSetd1aがヒストン3のリジン4残基をメチル化します。転写因子などを介して、プロモーターとエンハンサーがコンプレックスを作り、転写が開始されます。マウスは前回のチーズの場所を覚えています。Setd1a+/-: 遺伝子のコピー数が半分になりますので、Setd1aの発現量は半分になります。相対的に脱メチル化酵素LSD1の酵素活性が強くなり、メチル基をリジン4残基から奪います。するとプロモーターとエンハンサーのスイッチが入らず、転写が活性化しません。ニューロンの軸索分岐は少なく、マウスは前回のチーズの場所を思い出せなくなってしまいます。

Setd1a+/-+ORY-1001:ORY-1001を投与するとLSD1の酵素活性が失活し、相対的にSetd1aの酵素活性が強くなり、転写活性が活性化されます。軸索分岐数も正常にもどり、マウスは前回のチーズの場所を覚えています。

T-maze: T型の迷路で、一方のゴールに餌を置き、反対側へのアーム(通路)を塞ぎ、ホーム-ゴールを往復させた後(sample phase)、ホームで10秒間留める。アームを両方開け、マウスをスタートさせ(choice phase)、sample phaseと反対側のゴールへ進んだ場合を正解とします(マウスにsample phaseの記憶があれば反対側へ餌を取りに行く習性を利用する。作業記憶が障害されると正解率が下がる)。


用語解説

注1)クロマチン

細胞核のなかにあるヒストンなどの蛋白質とDNAの複合体注

2)ゲノムワイド関連解析(GWAS)

ゲノム全体をカバーする一塩基多型(SNP)の頻度と疾患との関連を統計学的に調べる方法

注3)機能喪失レアバリアント

遺伝子産物がその本来の機能を失ってしまう、1パーセント未満の頻度を持つ稀な多型

注4)全エクソーム解析(WES)

ゲノムからエクソン領域を濃縮し、次世代シーケンサー(NGS) により塩基配列を決定する方法

注5)浸透率

特定の遺伝子型をもつ個体が、実際にその表現型を発現する確率。オッズ比は、統計学的尺度の1つで、ある要因を疾患の原因と仮定し、その関連の度合いを表現するために使われる。オッズ比が高いほど関連が強いことを示す。統合失調症のような多因子疾患では1.5を超えると比較的強い因子と考えられる。

注6)エピゲノム治療

ゲノムに加えられたメチル化やアセチル化等の化学修飾をエピゲノムと呼び、エピゲノムをコントロールすることによって、ゲノム上の遺伝子の働きを調節し、病気の治癒を目指す治療法


参考文献

1.Network and Pathway Analysis Subgroup of Psychiatric Genomics Consortium. Psychiatric genome-wide association study analyses implicate neuronal, immune and histone pathways. Nat. Neurosci., 2015, 18: 199-209.

2.Takata, A., Xu B., Ionita-Laza, I., Roos, J.L., Gogos, J.A., Karayiorgou, M. Loss-of-function variants in schizophrenia risk and SETD1A as a candidate susceptibility gene.Neuron, 2014, 82: 773-780.

3.Maes,T., et.al. ORY-1001, a Potent and Selective Covalent KDM1A Inhibitor, for the Treatment of Acute Leukemia.Cancer Cell.2018, 33: 495-511.

掲載論文

【題名】Recapitulation and reversal of schizophrenia-related phenotypes in Setd1a-deficient mice

(Setd1a欠失マウスにおける統合失調症に関連する表現型とその復元)

【著者名】Jun Mukai, Enrico Cannavò, Gregg W. Crabtree, Ziyi Sun, Anastasia Diamantopoulou, Pratibha Thakur, Chia-Yuan Chang, Yifei Cai, Stavros Lomvardas, Atsushi Takata, Bin Xu, and Joseph A. Gogos.

【掲載誌】Neuron(DOI: 10.1101/529701)