関連データ・研究者

本学内科学講座(消化器・血液内科)の安藤朗教授、河原真大講師、他 8 名の研究グループは、共同研究の結果、NUDT15 の遺伝子型の違いによって、チオプリンによる造血幹細胞や白血病細胞の障害が大きく異なることを解明しました。この成果は、令和元年 10 月 24 日(木)9:00(日本時間)に「Leukemia 誌」に掲載されます。


【POINT】

チオプリンは,免疫抑制剤・抗がん剤として、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)や急性白血病に広く使用される。NUDT15 の 139 番目のアミノ酸が変化する遺伝子多型(NUDT15R139C)は、チオプリンによる重度の白血球減少と強く関連し、日本人でのホモ接合型の割合は約 4%、ヘテロ接合型は約 20%に上る。


そこで今回の研究では、NUDT15 R139C を模倣したマウス(Nudt15 R138C ノックインマウス)を世界で初めて作成し、以下の点を明らかにした。


  1. Nudt15 R138C ノックインマウスでのチオプリンの安全投与量を検討し、ヒトにおける安全投与量の目安を算出した。
  2. Nudt15 R138C ノックインマウスの造血幹細胞が、チオプリンによって障害されることを世界で初めて明らかにした。
  3. この遺伝子多型を治療に活かすことができないかという観点についても検討を行い、急性白血病の移植後再発を模倣したマウスモデルにおいて、チオプリン投与が生命延長効果をもたらすことを明らかにした。


今回の結果は、NUDT15 R139C を持つ患者さんに対するチオプリン製剤の適切な使用につながることが期待される。また将来的に、同種造血幹細胞移植後に再発した白血病患者さんに対して、チオプリン製剤が有効な治療オプションとなることも期待される。


[背景]

チオプリンとは、メルカプトプリン(MP)やアザチオプリンといった薬剤の総称で、古くから抗がん剤や免疫抑制剤として使用され、潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患や、急性白血病で苦しむ患者さんに、今でも頻繁に使用されるお薬です。安価でよい治療効果が得られる薬剤として重宝される一方、チオプリンによる重大な副作用の一つに、重度の白血球減少があることが以前より知られています。この副作用は、重症感染症を引き起こして命に関わることがあるため、ひとたび発生するとチオプリンを休薬ないし中止しないといけなくなります。


最近、NUDT15 の遺伝子多型がチオプリンによる白血球減少に深く関与すること、が明らかになってきました(Kakuta Y et al, JGastroenterol (2018) 53:1065-1078)。特に139 番目のアミノ酸がアルギニンからシステインに変化する遺伝子多型(NUDT15R139C)があると、重度の白血球減少が起こる確率が格段に上がります。NUDT15 は、DNA障害を引き起こすチオプリンの代謝産物を無毒化する酵素で、R139C を有する場合この酵素活性が低下するため DNA 障害が強くなると考えられています(図1)。




NUDT15 R139C の頻度は、欧米人で少なく日本人に多いことが判明しており、NUDT15R139C のホモ接合型の日本人の頻度は約 4%、ヘテロ接合型は約 20%に上ります。従って、NUDT15 R139C をもつ患者さんが安全にチオプリンを使用するためには、その耐容量を知る必要があります。さらに、造血幹細胞が強く障害されると白血球減少は一般的に長引きます。特に、白血病患者さんでは造血幹細胞が障害されていることが多いので、NUDT15 R139C をもつ白血病患者さんにチオプリンを投与すると予想外に強い副作用を引き越してしまうことが危惧されます。こうした懸念に対処するためには、NUDT15 R139C をもつ造血幹細胞でのチオプリンの耐容量を知っておく必要があります。しかし、実際の患者さんで調べることは大きな危険が伴うため倫理上困難です。


そこで今回の研究では、NUDT15 R139C を模倣したマウス(Nudt15 R138C ノックインマウス)を世界で初めて作成し、チオプリン投薬によって強い血球減少と造血幹細胞障害が生じることを明らかにしました。個体及び造血幹細胞レベルにおけるチオプリン耐容量から、ヒトでの安全投与量が算出され、実臨床におけるチオプリン投与量の目安となることが期待されます。さらに、Nudt15 R138C ノックインマウスをベースにした「移植後白血病再発モデル」を作成して、白血病治療への応用を検討しました。Nudt15 R138C ホモ接合型白血病再発マウスに MPを投薬したところ、生存期間の延長が確認されました。将来、移植後再発した白血病患者さんで、患者さんとドナーの NUDT15 遺伝子型が異なる場合、チオプリン製剤が有効な治療オプションとなる可能性があります。


[研究内容]

ヒトの NUDT15 タンパクとマウスの Nudt15 タンパクは、アミノ酸配列の 89%が同じで、ヒト NUDT15 の 139 番目のアルギニンは、マウス Nudt15 の 138 番目のアミノ酸に保存されています。そこで、遺伝子編集技術を用いて、NUDT15 R139C を模倣したマウス「Nudt15 R138Cノックインマウス」を世界で初めて作成し、以下の点を明らかにしました。


① Nudt15 R138C マウス個体のチオプリン感受性と耐容量

Nudt15 野生型、R138C ヘテロ接合型ないしホモ接合型マウスに、メルカプトプリン(MP)を 2 mg/kg で経口投与したところ、血球が速やかに減少し、その生存期間中央値は、ホモ接合型で 15 日、ヘテロ接合型で 30 日でした(図 2)。MP の投与量を 1 mg/kg に減量すると、それぞれ 26 日と 66 日に改善し、0.2 mg/kg にまで減量すると、70 日間生存することができました。以上のことから、安全な MP の初期投与量は、ホモ接合型では 0.2 mg/kg (体重 60㎏のヒト換算で約 1mg)、ヘテロ接合型では 1 mg/kg(同約 5mg)以下と見積もられました。




② Nudt15 R138C 造血幹細胞のチオプリン感受性と耐容量

Nudt15 R138C ホモ接合型ないしヘテロ接合型造血幹細胞が、正常造血幹細胞と比較してどの程度障害を受けやすいのかを競合移植法を用いて検討しました。具体的には、同じ数の Nudt15 R138C ホモ接合型ないしヘテロ接合型骨髄細胞と野生型骨髄細胞を正常マウスに移植して、28日間MPで治療を行い、骨髄中の造血幹細胞をフローサイトメトリーで解析して、それぞれの造血幹細胞の数が野生型と比較して 50%に減少するのに必要な MP の投与量を求めました。その結果、Nudt15 R138C ホモ接合型造血幹細胞は 0.12 mg/kg、ヘテロ接合型造血幹細胞は 0.23 mg/kg で、野生型の 50%に減少することがわかりました(図3)。この結果は、マウス個体として耐えられる MP の投与量であっても造血幹細胞は相当な障害を受けており、特に造血幹細胞が障害される急性白血病患者さんでは、慎重な投与が求められることを示唆するものでした。




③ Nudt15 R138C 白血病マウスへの治療応用

造血細胞に白血病遺伝子(MLL-AF9)を導入して、野生型ないし Nudt15 R138C ホモ接合型マウスで白血病を発症させました。この白血病細胞 250 個を、200 万個の野生型正常骨髄細胞と一緒に白血病細胞と同じ遺伝子型マウスへ移植すると、Nudt15 野生型の正常造血が一旦回復した後に白血病が再発するマウスモデルを作ることができます。これは造血幹細胞移植後の白血病再発を模倣します。この「移植後白血病再発マウスモデル」において 1 mg/kgの MP を毎日経口投与すると、Nudt15 R138C ホモ接合型白血病の移植後再発モデルにおいて生存期間中央値が有意に延長しました(図 4)。この結果は、NUDT15 R139C を有する白血病患者さんに野生型のドナーから正常造血幹細胞を移植した場合、そのチオプリン感受性の違いを利用することで白血病細胞を優先的に傷害できる可能性を示唆します。




[今後の展開]

NUDT15 R139C は、測定キットがすでに開発され、実際の臨床でも測定が可能になっています。従って今後は、チオプリン投与前に NUDT15 遺伝子型を測定し、遺伝子型に即してチオプリンを減量することが求められます。しかしながら、どの程度減量すればよいのかについての基準は、現時点で明確ではありません。今後の臨床研究でこの点を明らかにしていくにあたり、今回の研究結果は一助となると思われます。また、NUDT15 R139C を有する急性白血病患者さんでは、同種造血幹細胞移植後に再発するという難しい状況において、チオプリンが治療オプションとなる可能性があります。今後の臨床研究を通して、その可能性をさらに追及していきたいと考えています。


[用語解説]

・遺伝子多型

同じ種であっても個々のゲノムの塩基配列は微妙に異なります。この変化が、ヒトそれぞれの多様性を生み出す一つの要素となり、病的な影響を与える場合と与えない場合とがあります。後者で人口の1%以上の頻度で存在する遺伝子の変異を遺伝子多型と呼びます。特に薬物代謝酵素では、酵素活性の低下や欠如に関与することが知られ、通常の状態では病的な影響を及ぼしませんが、特定の薬物を投与した時にだけ強い副作用を生じることが多数報告されています。

・造血幹細胞

血液細胞の供給の源となる幹細胞で、自己複製能力と様々な血球へ分化できる多分化能を有しています。この細胞が障害を受けると、血球産生能力が低下し血球減少を来すことになります。

・同種造血幹細胞移植

健常者(ドナー)から造血幹細胞を採取して、造血器疾患を有する患者に輸注し、正常な造血を回復させる治療法。急性白血病などで根治療法として一般的に行われる治療法です。


【論文情報】

論文名:Thiopurine-mediated impairment of hematopoietic stem and leukemia cells in Nudt15R138C knock-in mice

著者名:Goichi Tatsumi, Masahiro Kawahara*, Takayuki Imai, Ai Nishishita-Asai, Atsushi Nishida, Osamu Inatomi, Akihiko Yokoyama, Yoichi Kakuta, Katsuyuki Kito, and AkiraAndoh (*は責任著者)

雑誌名:Leukemia

巻号:Online Publication

DOI:10.1038/s41375-019-0583-9