関連データ・研究者

  • 当サイトで紹介しているプレスリリースの多くは、単に論文による最新の実験や分析等の成果報告に過ぎませんので、ご注意ください。 詳細

慶應義塾大学理工学部の千葉文野専任講師、九州大学大学院理学研究院の秋山良准教授、大島章生大学院生(研究当時:2019 年 3 月修士課程修了)は、結晶性ポリオレフィン膜を用いた液体分離法を発見し、その原理を提唱しました。一般に、液体分離とは、複数の種類の分子が混合した液体から、特定の分子を抽出することを指します。これまでの多孔質膜を用いた液体分離では、孔よりも小さい分子だけを透過させるストラテジーが用いられてきましたが、本研究では、混合液体中の多孔質には大きな分子が選択的に入る強い傾向があることを明らかにしました。これは、朝倉大沢理論という統計力学理論で説明することができます。

実際に、isotactic poly(4-methyl-1-pentene)というポリオレフィンの結晶性フィルムを、直鎖アルカンの二元混合液に浸すと、長い方の直鎖アルカンが選択的に結晶中の空隙に吸蔵されました。これは、分子体積による自発的な液体分離であると考え
られます。これまでの体積による分離法としては、高分子を重合度、つまり実効的な体積により分離するゲル浸透クロマトグラフィー(Gel Permeation Chromatography, GPC)という手法が良く知られていました。本研究は、低分子をその体積によって分離するための新しい観点を提供するものです。

本研究成果は、米国の科学誌『Langmuir』オンライン版として 2019 年 12 月 3 日(火)(米国時間)に公開されました。



1.本研究のポイント

  • 低分子を体積によって分離可能とする新しい液体分離の考え方を提唱。
  • ノーマルアルカン(※1)の二元混合液に浸漬すると、長い方のアルカン分子を選択的に吸蔵するポリオレフィン(※2)フィルムを開発。
  • この液体分離の考え方は、ポリオレフィン膜とアルカン混合液に限定されるものではなく、一般に液体状態において、分子がちょうど入る程度のサブナノ細孔が存在するとき、大きい方の分子が自発的に細孔に入り易いことが、朝倉大沢理論(文献 1)の枠組みから結論される。
  • この分子選択性の原理は、酵素と基質に対する鍵と鍵穴説(※3)のように表現すれば、長い鍵穴には長い分子の方が鍵として適するという説明になり、分子認識とも関係すると考えられる。


2.研究背景

これまで、混合液体や混合気体中の特定の分子を、ナノスケールの細孔によって分離する研究が多く行われてきました。その考え方は、ちょうど台所の笊(ざる)のように、細孔を通り易い小さい分子を、細孔を通りにくい大きい分子から分離するというものでした。本研究では、いわば笊の網目に入り得る分子のうちで、大きいものが自発的に入るということを実験的に発見し、理論的に説明しました。


高分子 isotactic poly(4-methyl-1-pentene) (P4MP1)(図 1)は、炭素と水素の一重結合だけを有するポリオレフィンの一種です。近年、この高分子は食品ラップや耐熱皿等としても利用されており、ポリメチルペンテンとも呼ばれています。この高分子は結晶性で、枝分かれした側鎖が嵩高く、結晶中の主鎖間に空隙を有する可能性が以前より指摘されていました。本研究では、この高分子を用いて作製したフィルムが結晶中にサブナノスケールの規則的空隙を持つことを利用し、新しい考え方による液体分離の可能性を示すことを目指しました。


3.研究内容・成果

高分子 P4MP1 を溶媒に溶かし、溶媒を蒸発させるという簡単な製法でフィルムを作製しました。まず、この P4MP1 フィルムを直鎖アルカン、たとえばデカンに浸すと、デカンを自発的に吸蔵することを見出しました。例えばデカンであれば、1 分程度の時間で、厚み 40μm の P4MP1 フィルム中に1~1.5 mmol/cm3程度の濃度(純粋デカンの濃度は約 5 mmol/cm3なのでその 2 割程度)まで吸蔵しました。さらに、この P4MP1 フィルムを、直鎖アルカンの二元混合液に浸すと、鎖長の長い方のアルカンが選択的に吸蔵されることを見出しました(図 2)。


本研究では、この選択的吸蔵特性を、朝倉大沢理論と呼ばれる簡単な統計力学理論で説明しました。その理論の結論を、酵素と基質に対する鍵と鍵穴説のように表現すれば、長い鍵穴(P4MP1フィルム中の空隙)には長い分子(長い方の直鎖アルカン、たとえばデカンとペンタンならデカン)の方が鍵としてエントロピー的に適するということになります。


付随的な事柄として、本研究で提唱する液体分離法は、エントロピーで駆動されるという見方が可能です。エントロピーという言葉に対する一般的なイメージは、たとえば、大きい粒子と小さい粒子が、系のエントロピーの増大と共に混ざるというものでしょう。しかし本研究で提唱する液体分離は、大きい粒子と小さい粒子が混ざっているとき、大きい方の粒子が空隙にぴったりと嵌ることで、系全体のエントロピーが増大することに起因しています。つまり、エントロピーで駆動する液体分離と表現することも可能です。ただし、系全体の体積は一定と仮定して説明しました。
このような考え方により帰結される、アルカン等の低分子と高分子結晶空隙の壁面との間の実効的な力は、枯渇相互作用と呼ばれ、これまではコロイド系の相分離の研究や生物物理学の分野では広く用いられてきた考え方です。本研究では、この概念をアルカンなどの低分子に対して適用することで、制限空間を利用した新しい液体分離法を提唱しました。


4.今後の展開

既存の分子体積による分離法として、高分子の重合度(つまり体積)によって分離するゲル浸透クロマトグラフィー(Gel Permeation Chromatography, GPC)という手法が、良く知られています。
本研究は、ヘキサン、ペンタンなどのような低分子を、体積や長さにより分離するための新しい考え方を提供するものです。たとえば、本研究で利用した P4MP1 をクロマトグラフィー用カラムとして用いるといった展開が考えられます。


<参考図>



<参考文献>


(文献1)Sho Asakura and Fumio Oosawa, “On Interaction between Two Bodies Immersed in a
Solution of Macromolecules”, The Journal of Chemical Physics 22, 1255-1256 (1954).


<原論文情報>

・タイトル
"Confined Space Enables Spontaneous Liquid Separation by Molecular Size: Selective
Absorption of Alkanes into a Polyolefin Cast Film "(制限空間を利用することで分子サイズによる自発的な液体分離が可能に:ポリオレフィンキャストフィルムへのアルカンの選択的吸蔵)

・著者
 Ayano Chiba, Akio Oshima, and Ryo Akiyama

・掲載誌
 Langmuir

doi: 10.1021/acs.langmuir.9b02509
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.langmuir.9b02509


<用語説明>

※1 ノーマルアルカン
炭素原子が直鎖状に結合したアルカンのこと。例えば、ペンタン C5H12、デカン C10H22など。

※2 ポリオレフィン

ポリエチレンやポリプロピレンに代表される、世界的に最も多く利用されている樹脂の総称。本研究では、図 1 に示した P4MP1 というポリオレフィンを用いている。

※3 鍵と鍵穴説
酵素は、生体内における化学反応の触媒として働くが、その際に、酵素と結びついて変化を受ける分子(基質)の立体構造と、酵素の活性部位の立体構造がぴったりと合うときに酵素が働くという説を、酵素を鍵穴、基質を鍵にたとえて鍵と鍵穴説と呼ぶ。