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ポイント

●HIV-2はHIV-1と異なり,感染しても多くの感染者でエイズ症状を発症しにくいウイルス。

●HIV-2Nefタンパク質はHIV-1には存在しない特徴的なヘリックス構造単位を持つ。

●HIV-2Nefタンパク質はT細胞受容体複合体のCD3に結合し,宿主免疫を制御することを示唆。


概要

北海道大学大学院薬学研究院の前仲勝実教授・黒木喜美子准教授らの研究グループは,エイズ発症の主原因となっているヒト免疫不全ウイルスHIV-1と多くの感染者に対してエイズ症状を発症しにくいHIV-2について,HIV-2でエイズ発症が遅延するメカニズムを解明しました。

研究グループは,HIV-1 と HIV-2 のタンパク質機能・構造の差異と宿主免疫制御との関連を理解することで,理論的な HIV ワクチンデザインを目指しています。HIV-2 は HIV-1 と配列相同性が高く,機能的にも多くの共通点を持つ一方で,感染者の多くが自己の免疫機構によりウイルス複製・増殖をコントロールできます。そのため,感染者はエイズを発症しにくく,主に西アフリカで局所的に存在するウイルスです。HIV がコードするタンパク質のうち,Nef タンパク質はヒトの免疫系受容体であるとともに,ウイルスレセプターである CD4,CCR5,CXCR4 発現低下によりウイルスの再感染を防ぐほか,MHC クラス I*2 の発現低下により T 細胞免疫から逃避させたりすることで広くウイルス複製促進に寄与しています。これまでに HIV-1 と HIV-2 のNef タンパク質は多くの共通機能を持つ一方で,機能上異なる点があることも報告されてきました。

本研究では,HIV-2 Nef タンパク質及び機能的に類似しているサル免疫不全ウイルス SIV Nef タンパク質コア領域全長の立体構造を明らかにすることで,これまでに報告されてきた機能的差異についての構造的な理解に成功しました。HIV-2 と SIV Nef タンパク質は,C 末端領域に HIV-1 が持たないαヘリックス構造を持ち,この領域の配列はウイルスゲノムの中で変異が入りにくいため,ウイルスにとって重要な構造領域であることが示唆されました。実際に,この C 末端αヘリックス構造は,MHC クラス I 発現低下誘導時に形成される MHC クラス I/AP-1/Nef タンパク質の複合体構造形成において立体障害を起こさないことがわかりました。また,HIV-2 は SIV Nef タンパク質の CD3 結合領域との構造保存性が高い一方で HIV-1 とは保存性が低く,HIV-2 と SIV のみが T 細胞受容体-CD3複合体に結合し,発現量を低下させるという知見に矛盾しない構造であることがわかりました。

今後,HIV-2 Nef タンパク質と HIV Nef タンパク質の構造・機能の差異を理解することによって,HIV-1 ワクチンデザインにおける新規ターゲットとしての Nef タンパク質の可能性を検討していきたいと考えています。

なお,本研究成果は,2019 年 12 月 9 日(月)の iScience 誌にオンライン掲載されました。


【背景】

重篤なエイズ症状を引き起こすヒト免疫不全ウイルス(HIV)の主体は 1 型(HIV-1)ですが,感染者の多くが HIV-1 感染者のエリートコントローラー*3 のように病態を示しにくい 2 型(HIV-2)も存在します。この病原性の違いは,感染から重症化まで広く関与する HIV Nef タンパク質の機能差異による可能性が指摘されていますが,明らかとなっていません。エイズ発症の原因ウイルスであるHIV-1 は世界中で流行しており様々な研究が進められていますが,有効なワクチンは未だ存在しません。そこで,非常によく似たゲノム構造を持ちながら,感染宿主内でのウイルス複製・増殖能の低いHIV-2 について理解することでワクチン開発に重要な知見を与えることが期待できます。

HIV Nef タンパク質は,様々な宿主タンパク質と相互作用することが報告されている多機能タンパク質です。その機能喪失が,感染宿主内でのウイルス複製・増殖能に寄与しているとの報告から,Nefタンパク質の機能差が感染後のエイズ発症の違いに関与している一つの要因であると予想されてきました。HIV-1 Nef タンパク質に比べて,HIV-2 Nef タンパク質は C 末端側に長い一次構造*4 を持っており,その配列構造は同じく感染後の発症率が低いサル免疫不全ウイルス SIV Nef タンパク質でも共通しています。この HIV-1 が持たない C 末側の領域が,HIV-2 や SIV において MHC クラス I発現量を低下させる際には重要であることが変異体解析により示唆されていますが,この領域の立体構造はこれまで明らかにされてきませんでした。また,HIV-2 や SIV Nef タンパク質は T 細胞受容体-CD3 複合体の発現量を低下させる一方,HIV-1 Nef タンパク質は T 細胞受容体-CD3 複合体発現量を制御しません。このように,機能的な HIV-2,SIV と HIV-1 の差異は観察されているものの,その分子機構は不明のままでした。


【研究手法】

HIV-2 Nef タンパク質の立体構造を明らかにするために,HIV-2 感染者から単離した HIV-2 Nef遺伝子のクローンを作製し,大腸菌発現系を用いて高純度 HIV-2 Nef タンパク質を大量調製しました。また,X 線結晶構造解析により,HIV-2 Nef タンパク質のコアドメインの立体構造を明らかにしました。さらに,HIV-2 Nef タンパク質と機能的共通性の高い SIV Nef タンパク質のコアドメイン全長についても大腸菌発現系にて大量調製し,X 線結晶構造解析により構造を明らかにした後,HIV-1,HIV2,SIV の Nef タンパク質構造を比較しました。また,多くの SIV と HIV-2 Nef タンパク質が発現量を低下させるが,HIV-1 はその機能を持たない,T 細胞受容体-CD3 複合体の CD3 細胞内領域に対する各 Nef タンパク質の直接の結合能を等温滴定型カロリメトリー法により明らかにしました。


【研究成果】

今回構造を明らかにした HIV-2 Nef タンパク質は,既知の HIV-1 Nef タンパク質と非常に相同性の高い全体構造でした(図 1)。しかし,HIV-2 Nef タンパク質は C 末端側に HIV-1 が持たないαヘリックス構造を保持していました。この領域の配列は,非常に変異導入率の高い HIV-2 Nef 遺伝子の中でも高度に保存されている領域(図 2)であることから,機能的重要性が示唆されました。また,この C 末端領域のαヘリックス構造は,HIV-1 Nef タンパク質よりも HIV-2 Nef タンパク質と機能的共通性の高い SIV Nef タンパク質でも保存されていることが,この領域を含む SIV Nef タンパク質の構造解析より明らかになりました(図1)。このαヘリックス構造が未同定の宿主タンパク質と相互作用する可能性もありますが,HIV-2 と SIV が MHC クラス I 細胞内領域に結合する際の MHC クラスI/AP-1/Nefタンパク質の複合体形成において,このC末端ヘリックス構造は立体障害を起こさず,複合体形成を補完する可能性がモデル構造より示唆されました(図 3)。

また,Nef タンパク質の CD3 結合特異性について,SIV の CD3 結合領域と HIV-2 は保存性の高い配列構造を保持している一方で,CD3 に結合しない HIV-1 Nef タンパク質の全体構造は保存されているものの,配列相同性が低く,実際に HIV-2 Nef タンパク質は CD3 への結合能を保持していることがわかりました。


【今後への期待】

本研究の結果から,HIV-2,SIV と HIV-1 の Nef タンパク質の機能の違いには,C 末端新規αヘリックス構造を含む構造的差異が大いに寄与している可能性が示唆されました。今後,新たに明らかとなった C 末端αヘリックス構造の機能同定をするとともに,ウイルスによる変異導入率の高い Nefタンパク質について,HIV-2,SIV,HIV-1 構造が明らかとなったことで,変異と患者症状を比較検討し新たなワクチンや治療薬開発のターゲットとなることが期待されます。


【参考情報】

●AMED 事業

①事業名 次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業

課題名 立体構造を基盤とする中分子創薬の合理的設計(2018~2020 年度(予定))

代表機関名 北海道大学


②事業名 創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業

課題名 化合物ライブラリーを基盤とした北のアカデミア発創薬の加速(2017~2021 年度(予定))

代表機関名 北海道大学


●UKRI-JSPS 事業

事業名 UKRI-JSPS 国際共同研究事業

課題名 Structure-based vaccine design: using structural information from HIV-2 to

design better HIV-1 immunogens(2018~2020 年度(予定))

代表機関名 北海道大学 


論文情報

論文名 Structure of HIV-2 Nef reveals features distinct from HIV-1 involved in immune regulation

(HIV-2 Nef の立体構造から宿主免疫制御に関与する HIV-1 とは異なる特徴を発見)

著者名 平尾憲吾 1,Sophie Andrews2,黒木喜美子 1,日下裕規 1,田所高志 1,喜多俊介 1,尾瀬農之 1,3,Sarah L. Rowland Jones2,前仲勝実 1(1北海道大学大学院薬学研究院,2オックスフォード大学,3北海道大学大学院生命科学院)

雑誌名 iScience(一般科学誌)

DOI 10.1016/j.isci.2019.100758

公表日 2019 年 12 月 9 日(月)(オンライン公開)


【参考図】 


図 1.HIV-1,HIV-2,SIV Nef タンパク質のコアドメインの全体構造。点線で囲んだ部分は HIV-2,SIVに特徴的な構造領域である。C 末端αヘリックス構造(α8)は HIV-2 と SIV にのみ存在した。 



図 2.HIV-2 C 末端αヘリックス構造領域のアミノ酸保存度。データベース上の HIV-2 Nef タンパク質配列を WebLogo を用いて解析した。一文字表記のアミノ酸文字の大きさが大きいほど保存度が高いことを示す。この領域全体にわたって,アミノ酸は高く保存されていることがわかる。



図3.HIV-2,SIV Nef タンパク質と AP-1,MHC クラス I 複合体のモデル構造。HIV Nef/AP-1/MHCクラス I 複合体結晶構造(左)を基に,本研究で明らかにした HIV-2,SIV Nef タンパク質の全長コアドメイン構造を用いたモデル構造を構築した(中央,右)。赤で示した C 末端αヘリックス構造が MHC クラス I(緑色),AP-1(青色)との結合において立体障害を起こさない場所に位置することがわかった。


【用語解説】

*1 エイズ … 後天性免疫不全症候群のこと。HIV が免疫細胞に感染することで,体内の免疫細胞が減少し,免疫機構が働かなくなる病気。普段は感染しない病原体にも感染しやすくなる。

*2 MHC クラス I … 主要組織適合性複合体のこと。T 細胞受容体に対して細胞内で消化したタンパク質のペプチド断片を MHC クラス I 表面に結合して提示する。T 細胞は,ペプチドが非自己由来であれば活性化して細胞を攻撃する。ウイルスが MHC クラス I の発現量を低下させると,T 細胞受容体が感染細胞であることを検知できないため,ウイルス感染細胞が除去されない。

*3 エリートコントローラー … 薬剤治療なしに,HIV-1 を自身の免疫系で制御でき,エイズを発症しない稀な感染者のこと。

*4 一次構造 … ゲノムにコードされ,タンパク質を構成するアミノ酸配列のこと。